太陽と雪
「いいんですよ。
彩お嬢様。

私のことは、お忘れください。

彩お嬢様の幸せのためでございますよ」

ドレミでいう、レの音程の声。
久しぶりに聞く声は、昔のままだった。


「いいの……?
藤原……」


泣きじゃくりながら藤原に問いかける私。

藤原はゆっくり頷く。


後ろから誰かの腕に包まれた。

それは、私の知っている温もりだった。

あったかい……


私がさっき倒れたときに感じたあたたかさと同じだった。


そこで……目が覚めた。


横を見ると、隣に矢吹が。

いつもの優しい微笑みはそこにはなかった。
明らかに不機嫌な目だ。


「矢吹……。
申し訳なかったわ。

ごめんなさい。

もう子供じゃないのに……勝手に出ていったりして」

矢吹に向かって、深く頭を下げた。
まじまじと矢吹の顔をみると、眉が吊り上がっていた。

「お嬢様。

もう貴女さまは子供ではない。

ご自分で先程おっしゃいました。

貴女様が事故に巻き込まれようが、事件に巻き込まれようが、自己責任になります。

それだけは、ゆめゆめお忘れなきよう」

そこで、一度言葉を切った矢吹。


「とにかく……彩お嬢様が無事で良かったですよ。
お身体の具合はいかがでございますか?

熱がおありだったようですが」

眉を下げて、心配そうな表情に戻る。


熱……あったんだ……。

そりゃそうか……
花柄ブラウスとピンクのレーススカート。

パッと見の形状はワンピースになっている。
しかし、ブラウスとワンピースの間にはV字にスリットが入っている。

薄着で。

しかも、色気のある服装で家を出てきてしまっていたことに、今更気がついた。

ふと、違和感に気付く。
長袖ワンピースを着ている感触がまるでなかった。

そっと布団をめくってみると、白いコットンキャミワンピを着ていた。

え……ちょっ……
何?この格好。

私、自分で着替えたの?


「誠に不本意ながら、私が着替えさせました。

奥様にお手伝い頂くつもりでございました。

しかし、お嬢様を捜索しに出かけていたようでいらっしゃらなかったものですから」


え……

はたと、その意味を理解する。


着替えさせたってことは……


裸見られたってことで……


「この変態!
サイテー!
お嫁にいけないじゃない!!

責任取りなさいよ!」

「落ち着いてくださいませ、彩お嬢様。

私、タオルを被せながら作業を行いました。

彩お嬢様の裸などは拝見しておりませんのでご安心ください」


「あ……そう。

でも矢吹。

その言い方じゃ……私の裸は見る価値すらないって言ってるように聞こえるのは気のせいかしら?」


私がそう言うと、丁寧に頭を下げた。


「矢吹。
……冗談よ。

ま、見えてしまったものは仕方ないけど」

そう言って、布団に潜ろうとした。

その腕を、強く引かれる。

「ご無礼を、失礼いたします。
しかし、どうしても今、伝えたいことがございます。

お嬢さま。
私からのお願いでございます。

あのような、無意識にでも他の殿方を誘惑する露出の高い服装でのお出掛けは、極力お控えください。

お嬢さまが下心のある輩に乱暴されやしないかと、私は不安でたまりませんでした」

私の目線と合わせて、ゆっくり、言葉を選んで、そう言ってくれた。

「これから……気を付けるわ」


「彩お嬢様。

まだ、熱が高いようでございますね。

まだしばらくお休みになっているのがよろしいかと」


「そうね。

お言葉に甘えてそうさせていただくわ。
あ、矢吹。

通販で頼んだ服が来たらちゃんと受け取っておいてね?」


「心得ております」


矢吹が頭を下げるのを横目で見てから、眠りについた。
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