太陽と雪
誰かさんのおかげで、落ち着かない。

靴ずれの痛みは大分緩和されてきた。

今なら、きっと宝月の屋敷のらせん階段も、走って駆け上がれるくらいだ。

「まだ、起きていらしたのですか?
彩お嬢様」


矢吹が声を掛けるのも無理はなかった。

髪を乾かしてもらってからも、ずっとベッドに横たわりながら考えごとしてたんだもの。

矢吹ともしも恋仲になったら、どんな感じなんだろう、とか。

恋仲になったら、どんなことをするのか、とか。

自分でも、なぜ自分がこんなことを考えているのか、分からない。


「リゾート地のホテルって、落ち着くようで落ち着かないわね。

おかげで眠れそうにないわ」


つい、顔を背けながら言い放つ私。

矢吹の顔を直視すると、変な気を起こしてしまいそうで怖かった。

それなのに。
ふいに矢吹が顔を近付けてきた。

顔を近づけまいとしてきた努力が水の泡だ。
まぁいい。

この際、どうにでもなれ。

執事も羽を伸ばすべき、と言ったのは、他ならぬ私なのだ。

「な……何よ。

いくら眠くないからって、貴方に何かしてもらおうなんて思わないわよ?」


「そうでございますか?

その割には、顔が赤いですよ、お嬢様。

私も、せっかくのバカンスの場ですから、宝月の屋敷とは違う素の私を、少しずつですがお見せしていく所存です」


そんなことを、顔色一つ変えずに言ってくるこの男。

私の心を乱しにかかる、罪な男だ。


「矢……吹……」


「彩お嬢様?

私は……宝月 彩様の執事でございます。

彩お嬢様がお望みなら……どんなことでもして差し上げますよ?」


顔……近いよ……

キスできそうなくらい……

その、「キス」という行為も、どんなものなのか私には分からない。

今度それくらいは椎菜ちゃんと何度も経験済みであろう、弟の麗眞にでも聞いてみようかしら。

「じゃあ……私が眠るまで、隣にいなさいっていうのも可能かしら」


「彩お嬢様のお望みでしたら、何なりと」

「いい?
矢吹。

またさっきみたいに変に胸元触るようなら……クビにするから。

まぁ、ここは屋敷じゃないから、1回くらいは触ってもノーカンにするわ」


「彩お嬢様。

お隣……よろしいですか?

お嬢様の隣に、ということでしたので」


はあ?

矢吹と、一緒の布団……入るの?


無理……!
男の人と一緒の布団で寝るなんて!
しかも、矢吹と!


「ふふ。
冗談ですよ。
本気にするとは、可愛らしいお方だ」


じ……冗談ですって?

私をからかうなんて、いい度胸じゃない。

本気にした私がバカだったわ。


隣に……矢吹がいるせい?

なんか落ち着く。
すぐにでも眠れそうだ。


「彩お嬢様……」

矢吹が、私を呼ぶ声がした。

けれど、彼の言葉を最後まで聞けないまま、深い眠りの世界に堕ちていた。
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