今宵は天使と輪舞曲を。
 彼が想う相手は自分ではない。
 そう思うと、胸が引き裂かれそうに痛んだ。
 彼は伯爵家の人間で、自分は容姿も醜い小娘。想いはけっして届かないと自分に言い聞かせたはずだ。片想いでもいいと思ったはずだった。
 それなのに、こうして期待してしまう自分はなんて浅はかでおこがましいのだろう。
 涙で視界が滲んでいく。

 ――ああ、だめだ。ここで泣いてはいけない。 

 早く食事を終わらせたい。部屋に閉じこもって泣き崩れたい。
 メレディスの視線がテーブルの下にあるレース柄の薄いグローブをまとった手に落ちていく。この手も今は水仕事をしなくて良くなったから、あかぎれていたが、ささくれが気になるくらいに落ち着いてきた。それでも、貴族の手ではないことは明らかだ。本当に、何もかもが見窄らしい限りだ。

「時にグラン様とラファエル様はいつまでこちらのお屋敷に滞在されるご予定ですの?」
「そうですね、ぼくの屋敷はここからそう遠くはありませんので、猪がもうこの土地にやって来ないかを見届けた上で帰宅しようとは思っております」

 メレディスは悲しみに打ちひしがれている中、ラファエルがエミリアの質問に答えた時だった。隣から骨張った手がメレディスの手を包み込んだ。

 その瞬間、メレディスの呼吸が止まった。
 先ほどまで締めつけられて苦しかった胸は、まるで息を吹き返したかのように高鳴った。

 どうして今日に限って薄手のグローブにしようと思ったのだろうか。今になってはそれが悔やまれるばかりだ。


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