今宵は天使と輪舞曲を。

 彼女を付け狙うピッチャー卿の出現で苛立っているのに、従兄の無駄話に付き合わされていると胸の内で必至に押さえ込んでいる苛立ちがさらに笠を増すのがわかる。


 ラファエルの心情を知らない従兄はにやにやと面白可笑しそうに笑っている。その仕草もラファエルの癪に触る。

「三日前の社交界は別に女性から逃げていたわけじゃない」

 早くこの問答を終えたいラファエルは、半ばむっつりしながら答えた。

 正確には女性から逃げた(・・・)のではなく、立ち向かった(・・・・・・)のではあるが――。


 偉大なる従兄がラファエルに向けて言った、『逃げる』とは、おそらく三日前の社交界でのことだろう。

 真実を知らない彼はラファエルを茶化す。その彼を煩わしく思うのは今に始まったばかりではないが、今まで以上にそう思ったのは初めてだ。

 とにかくミス・トスカがピッチャー卿と何を話しているのかが気になって仕方がない。

 ラファエルは、ベオルフの話もそこそこに彼女の方に聞き耳を立てた。


 ミス・トスカと共に過ごしているピッチャー卿は時間が経つに連れてますます横柄な態度になっている。彼女の頭上近くにある壁に片肘を付け、口元をにやつかせながら彼女を見下ろしている。ほんの少しでもどちらかが動けば体が触れ合いそうになる距離に、黙って突っ立っているばかりのラファエルは気が気ではない。


 それにしてもなぜ、ミス・トスカは逃げないのだろうか。


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