大江戸妖怪物語
「さて、会場はどこだ。写真が届くまでのつかの間の休日でも楽しむか」
「事件の合間の休日なんて嫌だよ」
そう言いながらも内心ウキウキしていた。若い女の子とこういうところに出かけるのは何年ぶりだろうか。
・・・いや、なんかその思考は変態だな。
雪華は林檎飴をパクパクと食べていた。神社の境内で座りながら、僕も杏飴を食べる。
「お前、舌出してみろ」
「え?」
僕は舌を出す。
「フン・・・。舌が真っ赤だぞ」
雪華は口角を上げて笑った。雪華にとっては写真が届くまでの時間つぶしなのだろうけど、僕はその時間が楽しくて仕方なかった。
「雪華だってそうだと思うけど・・・」
「多分そうだろうな。だが、私は見せないがな」
つかの間の幸せ・・・。
その時だった。僕の頭にあるビジョンがふと蘇った。
・・・
「―――――神門くん!一緒に遊ぼ!」
(ここは・・・?)
僕は神社にいる。さっきまで雪華と一緒にいたのに・・・、雪華は?
「神門くん!聞いてるの?」
僕が振り返ると女の子が一人、しかし肝心の顔が見えない。確かにそこにいるのに、認識できない。顔にノイズがかかっている様だった。
女の子の色はモノクロというべきなのか、色彩が認識できない。でも確かにこの子は僕を呼んでいる。
「え、えっと――――」
「なんで僕と遊ぶの?」
幼い男の声は後ろから聞こえてきた。振り返ると、手水の石段のところに子供が座り込んでいる。さっきの女の子の言葉はこの子供に向けられたものらしい。
(でも、神門くんって、今呼んで・・・!)
僕は気づいた。その座り込んでいる子供が“僕”だってことに。
黒い布地に赤い蓮、そして朱雀を象った着物。その子供は顔を上げた。
「・・・ッ!」
確信した。この子は僕だ。だって、左目が――――――・・・。
「僕といると君も妖怪って言われるよ」
僕・・・いや、小さい頃の僕は涙を流してた。癒着した瞼からは涙は流れず・・・。
「大丈夫よ!一つ目あろうが三つ目だろうが、牙生えてようが魔法使えようが、そんなに物珍しいことでもないじゃない!ねっ?一緒に遊ぼ・・・」
顔の見えない少女は笑っていた。いや、笑っていた気がしたのが正しいのかもしれない。髪の色、目の色もわからない、天真爛漫な女の子・・・。
「・・・うん」
子供の僕は立ち上がる。
「おい、僕―――」
子供の僕に触れようとしたが、僕の手は彼の体をすり抜けた。
「ッ!」
どうやら彼らからは僕の姿は見えないらしい。
そして二人は神社の鳥居から駆けていった。
「小さい頃の・・・僕?」
今までこの記憶はなかった。思い出したことは曖昧で・・・。
「あれは・・・眸、だったのかな」
天真爛漫で僕に手を差し伸べてくれた少女、あれはきっと眸だろう・・・。ありがとう、眸・・・。
「―――――神門?おーい神門」
視界がぼやける。そしてぼやけた先の視界に、僕を覗き込む女性・・・。
僕はその女性の頬に右手を差し伸べ、撫でた。
「ありがとう・・・。ありがとう、眸・・・」
と、同時に腹部に感じる猛烈な痛み。
「ぐふぅ!」
「誰があのぶりっ子女だって?」
目の前には怒りを露骨に見せる、雪華。
「うわぁ、ごめんごめん!」
僕はすぐさま土下座した。
「ったく、お前が気を失ったから看病してやったというのに・・・」
「え?」
あたりはすでに暗く、遠くから聞こえるお囃子の音。