大江戸妖怪物語
「かわいそうにな神門。同情するよ」
「あの人本当に僕のこと好きなの?絶対嫌われてるよぉー・・・」
「いや、愛されている。事実、何度も見てきたものでな・・・」
僕はこれから先、どれくらい虐められるのだろう・・・はぁ・・・。
「さて・・・出かけるか」
「そうだね。朝に出かけないと、いっぱい歩けないし」
「行くか」
母さんに別れを言い、僕たちは江戸の関所へと向かった。
関所をくぐると一気に自然が増えた。道も狭いし、なぜか空気が美味しく感じられる。
「なんか新鮮!」
「恐らく今日は平地を延々歩くことになるだろうな。明日には山に差し掛かるだろう」
「あ、じゃあ走ってこうよ!僕たちの全力疾走ならちょちょいのちょーいだって!」
「お前自分の実力がわかって言っているのか?」
呆れ顔の雪華は僕を見つめる。
「だって、この脚力で屋根の上を駆け回ったりしたじゃん」
「私は慣れているが、お前が丸一日全力疾走すれば、そのかわり三日は動けないだろう。そのくらいのスタミナを使うんだ」
「え、そんなに?」
「別にいいぞ?私だったら一日で上野の国まで行くぞ。お前は置いていく」
「・・・それは勘弁してください」
田んぼの畦道をひたすら歩く。農業をしているおばさんに挨拶をしながら道を進む。
「何日かかるかなー?それにしても山姥って強そう。結構有名な妖怪だし」
「一筋縄でいかないことは間違いない。私の位よりは低いがな」
「位ってなに?」
「妖怪にはランクがある。それは強さで決まる」
「雪華は?」
「私は正一位だ。雪女という妖怪のランク自体が正一位なのだ。平安時代に作られた制度だから少々わかりずらい。簡単に言えば、閻魔王様、十王に次ぐ立場だ」
「じゃあ・・・超強いじゃん・・・」
「まぁな」
何食わぬ顔で話す雪華。
(僕の隣にいる人、すごい立場の人じゃん!)
「正一位っていうのは雪華だけなの?」
「正一位は私だけだが、他の位に位置づけられている妖怪は山程いる。絡新婦、目玉しゃぶりは少初位と呼ばれる、最下の位だ。本来、妖怪の世界ならば面会することも、話すことも憚られる格差だ」
「じゃあ山姥は?」
「山姥は従五位程度だったと思う。妖怪の中では強いほうだ」
山姥・・・。ボサボサの白髪、長い爪・・・。僕の恐怖心を煽るのにはもってこいの妖怪だ。
「なにをビクビクしているのだ」
「別になにも・・・」
僕たちは人気の無くなった道の曲がり角を曲がった。
「・・・すみません、そこの旅の方」
「・・・僕ですか?」
「そうそうあなたです」
おばあさんが石に杖を付きながら座り込んでいた。老人の息は荒く、汗が滴っていた。
「ごめんなさいね。実は江戸に行こうとしているのだけれど、途中で脚を挫いてしまって。申し訳ないけど、もう少し先の田んぼあたりまで背負って下さりますか?」
「あ、いいですよ・・・って雪華、もうあんな遠くに!」
雪華はスタコラサッサと道を歩いていた。
(雪華の感情なし!)
「まあ、あとからダッシュするか・・・そうすればきっと追いつけるし。わかったよおばあさん!ほら、乗って!」
僕はしゃがみ、おばあさんをおんぶした。おばあさんの体は軽かった。
「おばあさんはどこから来たんですか?」
「山から歩いてきたんだよ。いやいや、助かるね」
僕はおばあさんをおぶったまま道を引き返す。
「僕も山に・・・行く・・・・・・所・・・・で・・・・すッ・・・・!
おばあさんが段々重くなってくる。オカシイ、ナニカガオカシイ。
始め軽かったおばあさんは庭石くらい重くなっている。
「グウッッ・・・・・・!!」
僕はその場に倒れこんだ。それでもおばあさんは重くなってくる。
「肋骨が・・・折れるッ・・・」
「ククク・・・若い男の肉なんて久しぶりだよ」
「お、おばあさん?」
力を振り絞りおばあさんのほうを見ると、右手に包丁を爛爛と光る眼光。
「死ねええええ!!!」
包丁が僕めがけて振り下ろされる。
「ぎゃあああああああああ!!!!!!」
僕は思いきり目を見開いた。
「ぎゃあああああああああ!!!!!!」
(あれ・・・?痛くな・・・い)
悲鳴を上げたのはおばあさんだった。右手を振り回し叫び声をあげている。
「ふみゅ?!」
僕の背中が踏まれる。グリグリグリグリ・・・と踏みにじられる。
「神門ぉぉ・・・自由行動したらだめだろぉぉ・・・?」
目が煌々と光る雪華。今一番怖いのはアナタです。
「ひッ!雪女・・・様ッ・・・!」
おばあさんは雪華を見て体を震わせた。
「なんだァ・・・?」
雪華はおばあさんを横目で見る。その瞬間おばあさんの体の背筋が伸びる。
「こッ・・・これは雪女様!ご、ごきげんよう・・・!」
手をスリスリさせ、まるでゴマすりのようになっている。
「お前は・・・鬼婆か?」
「ゆ、雪女様に名前を覚えてもらえるなんて、光栄です!」
「失せろ」
「え?」
気づくと雪華は鬼婆の前にいた。瞬速で刀を振り下ろす。鬼婆から斜めに血液が噴射した。
「うううううううう・・・!!」
斬られた鬼婆は傷口を抑えた。
「痛い・・・痛い・・・」
「見たところその手で幾人をも殺しているな・・・裁判の時間だ」
「ひぃッ・・・!」
鬼婆の体に光の粒子に包まれる。踠く鬼婆、それを冷酷な目で見つめる雪華。・・・残った砂時計を水晶に取り込む。