大江戸妖怪物語

「はぁ、ないものは仕方ない。私は薪をとってくる。お前はテントを立てとけ」

そういうと雪華は茂みに入っていった。

「ワイルドだなぁ・・・」

僕はテントの取り付け作業に取り掛かる。しかし、これがまた難しい。

(えーと、この杭をさして・・・あ、間違えた)

四苦八苦しながらも僕は奮闘していた。そして目に飛び込んできた文字。

『こちらの商品は一人用です』

一人用、一人用・・・・・。

頭の中が瞬く間にピンクに染まる。必死に頭を振り、煩悩を消そうとした。

(待て待て待て!ど、動揺しなくてもいいじゃん!だって、雪華とはいつも同じ屋根の下で寝てるし!ていうか集会所で一緒の部屋で夜を過ごしたし!)

同じ場所を行ったり来たりしながら僕は焦りまくる。

(で、でも、ひ、一人用ってことは・・・・・・み、密着するってことだよね・・・?)

その瞬間急に顔が火照り出す。汗が絶え間なく流れ出て、より動揺する。

「うひゃあああああああああ!!!」

火照りに耐え切れず大きな声を出してしまった。その瞬間後ろから蹴られる。

「うるさい黙れ」

「せ、雪華・・・」

どさっと拾ってきた薪を置き、雪華は座った。

「ほら、火つけろ」

僕も座り、右手から炎を出す。それを薪に引火させた。

「さて、夕飯だ」

雪華は魚を取り出した。

「何処に入れてた?!」

「とりたてホヤホヤだ。鮎だからうまいぞ」

器用に串に刺し、塩をまぶし、火の中に入れた。

「いいか、明日中には絶対に上野の国に行くぞ」

「明日中か・・・」

「これ以上お前と夜を共にしたくない」

「ストレートに酷いね!」

いい感じに脂が滴る鮎を齧る。ほのかな塩味が美味しい。
夕食が終わり、いよいよ・・・待ちに待った、いや、待ってないけども!

「もう、寝なくてはな・・」

(キターーーー!!!!)

手汗がひどくなる。僕はテントに入った。胸がドキドキする・・・。
しかし雪華はその場でゴロンと寝転がった。

「あれ?雪華、テントで寝ないの?」

「寝るわけないだろう。ここで寝そべっている」

「いやいや、風邪引いたらヤバイって!途中で雨でも降ってきたら・・・」

「雨が降った時には中に入る。・・・おや?」

雪華の鼻先に落ちた一つの雫。気づくと星空は黒い雲に隠れていた。

「最悪だ・・・」

雪華は嫌そうにテントの中に入る。
そして僕の毛布を奪い取り潜った。

「それは酷くないっすか?」

「女性は体を冷やしてはいけないからな」

「雪女だよね?雪華って雪女だよね?」

「細かいことは気にするな」

「気にするよね?!そういうスペックって大事だからね?!」

「ときにはスペックを忘れることも大事だと思う」

「スペックは絶対ですから!それに反したらスペックの存在意義が皆無になるから!!」

しかし激狭である。一人用のテントはやけに密着する。僕の胸には雪華の背中あたっている。

「寒いならさー、抱きしめるとより暖かくなるんじゃないかな?」

「私が今、手に持っているものが見えるか?」

鋭い氷柱がキラリと光る。

「すみません」

「それでいい」

そして雪華は眠りについた。すやすやと寝息を立てている。

(こうやってみると可愛いんだよな)

雪華の頬をぷにぷにと突く。

(あまりやると殺されるからやめとくか・・・)

僕も寝る体勢に入った。

「おやすみ、雪華・・・」

僕は目を閉じた。



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