大江戸妖怪物語
―――――――
「――――ねえ、一緒におねんねしよッ!」
「僕と?」
「うん!」
少女は笑っていた。顔にはノイズが掛かっていたが。
(ああ、思い出せない)
「なんでよりによって僕?」
悪魔の左目、幼い頃の僕。
子供の僕は座っていた。
「昨日、怖い夢見ちゃったの・・・。一人だと怖くて眠れないんだもん」
「・・・じゃあ寝ようか。僕も一人ぼっちは寂しいもん」
「おやすみ!」
「・・・おやすみ・・・」
(待って!名前、名前は?!・・・せめて名前だけでも!少女の名前を・・・!!)
幼い頃の僕は何やらの言葉を話した。きっとそれは、彼女の名前。
その声は雑音によってかき消された。
「・・・名前は?名前は?君の名前は・・・?!」
僕は少女の手を掴んだ。そこにあったのは温もり。
(あれ?僕、触れることができてる?この前は僕のことをすり抜けたのに・・・)
その瞬間、眠りから覚めた。
――――
「なにをしている」
目を開けると雪華の顔があった。ちなみに、雪華の左手には氷柱が握られている。僕は雪華の手首を掴んでいた。
「いや、あの・・・寝ぼけて・・・。あ、あは、あはははは」
「笑ってんじゃねえ」
雪華の左手の氷柱が僕の頬に当たりかけた。なんとかかわしたもの、焦りが止まらない。
「す、すみませんでした・・・」
「ふん。さっさと上野の国へ行こう。こんなことはまっぴらゴメンだ。今後、歩いている途中に夜になってもひたすら歩き続けるからな」
(鬼畜すぎるだろ!)
テントのファスナー部分を開くと強烈な朝日が差し込む。ずっとテントの中にいたからなのか、目がチカチカする。昨日の雨の雫が、傍らのツユクサにちょこんと乗っていた。
「さて、早速行くぞ。片付けだ」
テントをたたみ、様々なものを風呂敷に包む。
コンパクトにまとまった風呂敷を肩からかけた。
そして休む間もなく出発する。
ひたすらひたすら、ムシムシする道を歩く。昨日の雨のせいで湿度が高く、気持ちの悪い汗が流れる。
ジトーっと着物が湿る。
「あぢー・・・」
着物の首の付け根の部分をパタパタさせ、空気を送りこむ。しかし、それだけでは涼しくはならない。
挙句に歩くたびに泥濘んだ土から水が跳び、着物の裾がビチョビチョになり、まとわりついて離れない。額にうっすら汗をかいた僕は、袖で拭った。