大江戸妖怪物語
「あったけええ!もふもふもふもふm」
「神門、気持ちが悪い」
雪華に石のような言葉を投げつけられ、布団のもふもふ感が感じられなくなった。
「今日はゆっくり寝てくれよ。旅で疲れてるんだから」
「ありがとうございます!」
灯りを消し、目を閉じる。
(田舎に泊まろうってこんな感じなのかな・・・)
僕は眠りについた。
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―――――
―
(―――まただ。)
あの世界。小さな僕は何人かの子供に囲まれて泣いていた。
「おい、お前の左目どうなってんだよ、見せろよ!」
「や、やめろよッ」
子供の一人に頭を掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。僕はそれを拒む。
「『やめろよッ』だってさ~!気持ち悪い~!!」
子供の一人が大声で笑う。僕は左目を抑えたまま泣いていた。右目からだけ涙が伝う。
髪を引っ張られ、僕は地面に投げ捨てられた。
「お前の左目、気持ち悪いんだよ!バケモノ!」
「家から出てくるな!妖怪!」
夥しい言葉が小さな僕を無残に突き抜く。小さな僕はヒックヒックとむせ返りながら泣いていた。周りを大人たちが表情ひとつ変えずに通り過ぎていく。彼らも、小さな僕を“異形”のモノをみていた。
「・・・ねぇ、あれ、止めたほうがいいんじゃないの?」
「あぁ、いいんだよ。ほら、アレ、刃派の」
「あぁ、刃派のアレね。じゃあ止めないでいいわね」
遠くで大人たちが小さな僕を指差しながらこそこそと話していた。
『刃派のアレ』。それが昔の僕の名前だった。きっと僕の紅蓮神門という名前自体知らず、『アレ』の扱いを受けていた。大人たちからしても、僕は汚れた存在でしかない。異端の存在。異形の姿。目の有無で狂ってしまう世界。
小さな僕が伸ばす手を大人は無視する。それどころか、僕を取り囲む子供たちを応援するかのように僕に冷たく接する。チラリと小さな僕を見た大人の目は汚物を見るかのようだった。
江戸から早く出てけと言わんばかりに。
「悪霊退散~!!」
子供の一人が小さな僕の額に何か紙を貼り付けた。そこに書いてあったのは、随分と達筆な筆で書かれた、『悪霊退散』の札。そしてもう一枚、『魔除け』と書かれた札。
「この御札、俺の父ちゃんが書いてくれたんだ。お前に使うっていったら喜んで書いてくれたよ!」
(――――すべて・・・敵だ・・・。)
小さな僕は、きっとこう思ったはずだ。いや、このことは僕も覚えている。何歳の頃だったか忘れたが、しっかり刻みつけられた心の傷。憎んだ。すべてを憎んだ。
「でーてーけ!でーてーけ!でーてーけ!」
皆が手拍子する。僕は泣きながら自分の家へと駆けていった。それを嘲笑う子供たち。
(ああ、もう誰も信じない。すべて、敵なんだ。この世に見方なんていない。すべて・・・憎しみの対象)
この時の僕は、胸にこの世界への憎悪をたっぷりと含んでいた。