大江戸妖怪物語
「山姥には巫女崩れ以外にもいるけど・・・まぁ、アタシともう一人の巫女は巫女崩れで山姥になり、永久の命を経てきた。だけど、アタシともう一人の巫女との間に、少しずつ意見の違いが出てきたの。ある日彼女は『人間を食べたい』と呟いた」
「人間を・・・食べたい・・・?」
僕は背筋が寒くなったのがわかった。
「アタシはそれに反対した。もともとアタシらだって人間だもの。カニバリズム的なことはタブーだとアタシは今でも思っているわ。でも、彼女は抑えきれなくなっていたようね。巫女崩れして山姥になったのは、帰る場所を作らなかったこの村々の人間のせいだから・・・と、言って、彼女はここを出た。そして、人を食うようになっていった」
「じゃ、じゃあ、人を食べているのは札埜じゃなくて、札埜と一緒にいたもう一人の巫女ってこと?!」
「ええ、そういうことよ。アタシはこれまでに何度か彼女と会って人肉嗜食をやめるように言ってきた。でも、彼女はそれを聞かなかった。それから、アタシともう一人の巫女・・・、いや、もう一人の山姥が対立する関係になっていった。向こうからしてみれば、アタシという存在はかなり巨大。今までも、山姥が人を捉えて食おうとしたところをなんどか阻害したことがある。つまり、アタシさえいなくなれば、人間食べ放題ってことよ」
事の詳細が分かった。つまり、山姥・・・札埜は無実だ。逆に人の命を助けようとしている。
「でも、村の人たちはアタシが人間を食べているって勘違いしてる。確かに山姥は山姥なんだけどね」
はぁーっと溜息をついた札埜。
「教えて、札埜。あなたとともにいたもう一人の巫女とはいったい誰なの?それさえわかれば、私がそいつをぶった斬る」
雪華は真剣なまなざしで札埜を見た。
「ここでは言えないわ」
「どうして?!」
「もし、ここで名前を言ったら、襲撃してくるかもしれないわ。ほら、殺人事件のときの被害者だって、犯人にばれないようなダイイングメッセージを書くでしょ。それと同じ。アタシはヒントしか言えないわ。だから教えてあげる・・・。山姥が誰なのか、あなたたちはその証拠を掴んでいるわ」
「証拠を・・・掴んでいる・・・?」
「ええ。完全とまではいかないけど、それである程度炙り出すことは可能だと思うわ」
ヒントを持っている?既に・・・僕らが・・・?
「・・・それで、これからどうするの?村に戻るんでしょ」
「それが道に迷っちゃったんだよ。巨大蜂に襲われて、崖から山姥に蹴り倒されて・・・」
「随分大変な目に合っているのね。あ、ちなみに言っておくけど、それもアタシじゃないから。そして、それこそがあなたたちの持ってる証拠なのよ」
「え?」
「・・・村まで行くのよね。案内してあげる。ついてきて」
そういうと札埜は玄関から出た。僕と雪華もそれに続く。札埜の下駄の音が石にあたってカランコロンと響く。
「札埜」
「なにかしら?」
「札埜は・・・もう一人の山姥のことをどう思ってるの?」
「・・・憎いさ」
「・・・」
「昔の友が、今は敵だ。ほんとに・・・ほんとうに・・・憎いよ・・・・・・」
その物憂げな表情は泣いているようにも見えた。