大江戸妖怪物語


―――― 翌朝

ジジジジジジ・・・・・・・

外から暑苦しい音が聞こえる。それは目を開かなくてもわかる音だった。

神門「あ、アブラゼミ・・・?」

やはりそうだった。窓の外には昨日とはうって違う、想像以上の暑さがこの村を襲っていた。そして太陽との距離も近くなっている気がする。また、窓の格子も非常に熱く、ずっと触っていられない程だった。

神門「雪華!大変だって!!!」

雪華「お前の声で状況は把握できている。これが一連の異常気象だろう」

暑さのせいか、遠くの景色が歪んでみえる。異常気象としても、ここまでの温度差があるものなのか。しかし、部屋の中にも徐々に蒸し暑さが広がってくる。

僕と雪華は布団を畳み、それぞれ片付けをしてフロントへと向かった。するとそこには女将が椅子に座っていた・・・が、少し様子がおかしい。

神門「あ、あのー・・・?女将さん?これ、鍵を返しに来たんですけども」

女将「・・・さま・・・よ・・・じゃ・・・さま・・・・・・・」

女将さんは何かを呟いている様子だった。しかもとても早口で。僕はその光景に畏怖の念を抱いたが、女将さんに再度話しかけた。

神門「あのー・・・鍵を・・・」

僕が女将さんに近づいたところで、彼女が何を喋っているのかがようやくわかった。

女将「・・・さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま雀陽さま」

神門「ヒィッ!!」

女将は瞳孔を開いたように、目の焦点が合わず、その虚ろげな表情のまま『雀陽さま』という単語を幾度となく、壊れた人形のように同じ動作を繰り返す。

神門「お、女将さん?!大丈夫?!」

僕は女将さんの肩を揺さぶった。すると女将さんの目が急に鋭くなり、その眼光は僕を貫いた。

女将「・・・私に・・・触るなァァァァ!!!!!」

僕の手は女将さんの手によって弾き返される。僕はぽかんと口をあけ、その状況を飲み込めずにいた。そして女将さんはまた椅子に座り、『雀陽さま』と連呼を始めた。
異様ともいえるその光景は畏怖どころか、なにかしらの気持ち悪さも感じるほどであった。

神門「女将さんになにがあったんだ・・・?」

雪華「昨晩、女将さんは雀羊を迷惑がっていた・・・。それが一夜にしてこうなってしまうって・・・本当に謎だ・・・」

雪華は頭を抱えた。僕も同様に思考が混乱している。

しかし、すぐに女将さんは立ちあがった。その目は僕たちの後ろを見つめている。

女将「雀陽さま・・・」

女将さんは恍惚の表情をして手を胸の前で組んだ。
僕らが振り向くとドヤ顔をした雀陽と、子分二人が立っていた。

雀陽「退いてもらいましょうか」

わざとらしく僕の肩にぶつかる雀陽。僕はあまりの衝撃にすっころんだ。しかし、女将さんは僕の心配もせずに、僕とぶつかった雀陽の肩を拭いていた。客に対する無礼な行為を、女将さんは平然としてやっている。

フフンと得意気な顔をして雀陽は横目でちらりとこっちを見る。

目を白黒させながら僕はその光景を見つめた。

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