大江戸妖怪物語
「だからワシの寺の名前も音龍寺というのじゃ。龍の音が聞こえるから、というちんけな理由じゃがの」
静まり返った池は何の音も発しない。一言で表すなら『無』だった。蛙の鳴き声や、魚の飛び跳ねる音、水鳥の声。そこにあるべき音がすべて抹殺されているようだ。
「もちろん、一か月前までは賑やかな沼だったよ。なぜこんなことになったのやら・・・」
勝常さんは池を見据えて立っていた。その時、寺の境内のほうから何者かの声がした。そして、その声には聞き覚えがあった。
「この声、あいつらじゃない?」
と、雪華が眉を潜めて僕に話しかけてきた時だった。
「おやおや、これはこれはみなさんお揃いで・・・」
やはり、あいつだった。
「甘野雀陽・・・」
「にょほほほ!!あなたのような美少女が私のことを覚えてくださっているなんて大感激ですな!!!」
「何の用事かしら」
「用事とはね・・・そこの黒髪の娘にあるのですけれども」
雀陽が指差したのは木南だった。木南は震えていた。
「あ、あの・・・私・・・・・・」
「さて、助吉と芳吉!!彼女を捕まえるのです!!」
「やってやるよ!!」
僕が炎を出そうとした。
「やめろ、神門!」
それが雪華の大声によって制された。
「なんで?!」
「ここは江戸に近い。上野国では江戸から遠いから良かったものの、ここは近すぎる!!」
「でも、そうしないと木南が!!」
「大丈夫だ。妖術を使わずとも、勝てる相手だ」
雪華はそういうと、一目散に子分二人へと走り出した。そして思いっきり拳を握りしめ、助吉の鳩尾に一突き、攻撃を繰り出した。助吉はグフッ・・・と唾を吐きながら、近くの植え込みに突っ込んだ。
僕は芳吉にとびかかった。芳吉は僕めがけて飛びかかってきたが、僕はそれをサッと交わす。そして芳吉の頭に踵を思いっきり降り下げた。
「・・・何やってるのです!!子分ども!!!」
キィーッと雀陽が苛立ったように地団太を蹴った。
「さっさとあの娘を捕まえなさい!!」
「させるか!!!」
僕は、再度立ち上がり木南の元に向かおうとする芳吉の背中を掴み、そして投げ飛ばした。
「何をやっているのですか!この雑魚ども!!!」
雀陽は拳を震わせていた。
「うぅ・・・兄者・・・助けて下せえ・・・」
「うるしゃい!お黙りなしゃああああいい!!!」
雀陽はスゴスゴと逃げ帰ってくる子分を叱責した。
「雀陽・・・なんならお前も相手してやろうか?」
雪華は不気味な笑みを浮かべながら、指をポキポキ鳴らしながら雀陽に近づく。
雀陽は後ずさりし、そして逃げて行った。