crocus
Last crocus
「オーナー!?」
「どうしてここに?」
若葉が振り返るよりも早く、恭平さんや桐谷さんがオーナーさんに言葉をかけた。
「ふふっ、ただいま。びっくりしたわよ、誰もいないんだもの…この人以外ね」
オーナーさんは廊下に向かって、細く綺麗な指先を動かして手招きをした。
すると思わぬ人物が現れて、若葉は咄嗟に名前を呼んだ。
「未久さん!」
ハツラツとした元気はなく、未久さんは背を丸くしてすごすごと入室した。
チラッと橘さんを見ると、会うと決心していても、いきなりの登場には戸惑いの色を隠せていなかった。
橘さん…。そう声をかけようとも思ったけれど、心配すればするほど、無理して何ともないように振る舞う人だから、そっとしておこうと思った。
再び未久さんの方へ視線を向ければ、ふいに目が合った。未久さんは小さく微笑むと、鮫島さんのいるデスクへと歩み寄った。
「新名さん?どうして、あなたがここに?」
「あなたに依頼された、クロッカスを取材し酷評してほしいという件ですが、私には出来ませんでした」
「仕事は全て断らないあなたが、そんなことを言うなんてよっぽどの事情があるんでしょうね?」
「えぇ、あのクロッカスは商店街の皆さんに愛されていて、仲間同士が強い絆で結ばれている素敵なカフェでした。それに 立派なシェフになっていた息子を陥れる母親がどこにいますか?」
「…息子?」
鮫島さんはクロッカスのみんなの顔を1人ずつ見つめた。
「…僕ですよ。鮫島さん」
自ら名乗りを上げた橘さんを見て、未久さんは心底嬉しそうに笑った。橘さんは何食わぬ顔で、フレンチナイフが入っているプレゼントの箱を持ちユラユラ揺らしている。
「ほう。親子愛を優先させるわけですね?敏腕のあなたが、仕事を断ったと噂になれば…」
「どうぞご勝手に!!息子や、息子の大事な仲間を傷つけようとする者から、私は1人の母親として守り抜きます!」
そう啖呵を切った未久さんは、スーツの胸ポケットから小さな機械を取り出した。