crocus

夕食を済ませると、オーナーさんを除いた6人で近くにあるという銭湯に行くことになった。

まだ3月だと思わせる冷たい風の中、ほのかに春の匂いを感じ、若葉はそのまま口に出した。

「春の匂い…」

そう言うと、橘さんが驚いた顔をして若葉を見た。

だが、橘さんはすぐにパッと視線を外し、気まずさを振り払うように道に転がっていた石ころを軽く蹴り飛ばした。

「同じときに~、同じことを思うなんて~どれくらい奇跡なの~」

上矢さんが即興と思われる適当なメロディがついた歌を唄った。

そうなのかな?
今、同じこと思ったのかな?

それにしても、どうして上矢さんは分かったのだろう。そして酔ってもいないのに千鳥足なのは何故なのだろう。

「誠吾。黙らないと……誠吾のコレクションの位置全部ずらすよ?」

「やだ!僕、黙る」

橘さんが睨みながら低い声で脅し文句を言うと、上矢さんは真剣な面持ちでジェスチャーをしながら口を閉じた。あの『お口にチャック』だ。

上矢さんが怯える理由が分からない若葉は首を傾げると、隣を歩く桐谷さんが説明してくれた。

「誠吾はコレクションに対する執念が尋常じゃない。あれだけの数の中からどれが移動したかなんてすぐに分かる……つまり変人だ」

「へぇ!そうなんですね」

若葉自身は単純にすごいと思ったのだが、上矢さんが不安そうな顔をして若葉を見ていた。

橘さんの言いつけ通り、口を開かずにモゴモゴ言っている。

上手く感情を読み取れなくて疑問符を浮かべる若葉。

すると前を歩いていた上田さんが振り返り、両手の拳を胸の前に構え、身を揺らしながら甘えた声を出した。

「若葉ちゃーん、今の話で引いたりしたらやだよー!……だってさ」

上矢さんのモノマネをしながら通訳してくれたようだ。

上矢さんを見れば、そうそう!とでもいうように目をギュッと閉じながら何度も首を縦に振っていた。


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