あの子の好きな子



先生は、少しの間黙っていた。そのあと、よっこいしょと言って立ち上がると、私の前に立った。学校で見る先生の顔に戻っていた。

「少し喋りすぎたよ。久保、帰ろう」

先生はそう言ったけど、私にはまだ足りなくて、このまま帰るのは嫌だった。また首を横に振りかけたとき、先生が付け足した。

「・・・夏休み中は、部活動のある日は学校にいるよ。活動後は、準備室にいるようにするから、その時に来ればいい」

私は、あ、と口を開けた。そうか、部活動があったんだ。
それに、今の台詞を聞く限りは、私に夏休み中先生に会えるチャンスを作ってくれたってことだ。

「・・・せ、先生が顧問してるの、卓球部でしょ?」
「ああ」
「夏休みは週にどれくらいやるの?」
「まちまちだけど。3,4回くらいかなあ」
「じゃ、週に3,4回は、私先生に会いに行ってもいいの?」
「・・・・・・いいよ。いいから、今日は帰ろう、久保」
「うん!」

交換条件のように提示されたその案を、私は大喜びで飲み込んだ。最高のごほうびをもらった。授業がなくても、先生に会える。地獄だと思っていた夏休みが、先生のいる夏休みになる。はじかれたようにベンチから立ち上がって、先生の言う通り駅に向かった。先生は私の最寄り駅、つまり学校の最寄り駅だけど、そこまで送ってくれた。約束ねと手を振ったら、先生は笑ってくれた。

私は先生を困らせて疲れさせているけど、その時私は、もっともっと先生を困らせたいと思った。私のことで、悩んで考えて困ってしまう先生のことを思うと、なんだかちょっと嬉しいとさえ思った。困って、困って、困り果てて、先生の方から邪魔なルールを侵して。分厚い壁をぶち壊して、私のことを見てほしい。

私と先生の夏休みが始まる。



< 104 / 197 >

この作品をシェア

pagetop