あの子の好きな子

あの子の好きな子





【あの子の好きな子】



毎日のように浴びせられる「で、会長とはどうなの?」に対して、私はいつもとぼけた返事を返していたけど、体中ががんじがらめになったみたいで、なかなか苦しいものだった。

「お前最近、有名人だな」

もう俗世間のことなんて忘れたような顔をしている雄也でさえ知っていた。久しぶりに玄関先で会ったなりそう言われて、雄也だけは噂の話をしないだろうと期待した分がっくりときた。雄也と朝会うのはだいたい雨の日。私は持っていた傘をぐっと下に向けて、顔を隠した。

「疲れてんの?」
「そりゃ、ちょっとは疲れるよ。毎日毎日ありもしないことではやしたてられて」
「ああ、なんだ、デマなんだ」

傘を上げて、雄也の顔を見た。一方雄也は傘を上げて、空模様を見ていた。上を見上げるとき口がとんがるくせが出ている。

「なんだってなに」
「いや別に・・・ずいぶん気立ってるな」
「そんなことないけど」
「センセーはもうやめたのかよ」

私はまた傘を下げて口をつぐんだ。雄也の口調がいつもより挑発的だ。表情は相変わらず興味がなさそうだけど、雄也はたまにこんな風につっかかってくることがある。小学生の頃の生意気盛りなんか特にそうだった。

「・・・やめない」

私はぼそっと呟いて、水溜まりをばちゃんと踏んだ。雄也が何も言ってこないので、傘をちょっとだけ上げて、様子を伺ってみる。その横顔は、少し笑っているように見えた。

「なによ。どうせお前は頑固だからとか思ってるんでしょ」
「いや、わかったよ。もう何も言わないから」

雄也が私を見た。真正面から雄也の笑っている顔を見るのは久しぶりのような気がした。

「お前らしいよ」


< 135 / 197 >

この作品をシェア

pagetop