あの子の好きな子

ピンチヒッター



【ピンチヒッター】



「遥香、帰んないの?」
「うん、寄るとこあるから、先に帰ってて」

冬休みは部活が少ない。パワーを持て余した退屈な年末年始が終わり、ようやく学校に出てきたその日、私は最初から準備室に行くつもりだった。午前中、自分の部活が終わると、静かな校内に私の足音がぱたぱたと響いた。2階、3階、4階と、階段を駆け上がる。はやる気持ちに息が切れる。夏休みと違って、先生と約束しているわけじゃないから、準備室に行ったところで先生がいるとは限らない。それでも、もしかしたら先生がいるかもしれないその場所に、私はとにかく向かいたかった。だから、準備室に着いて細く開いた扉から明かりが漏れているのを見たとき、息を整えるのも忘れて夢中で駆け出した。

「先生!」

ノックはしたけど、ほぼ同時に扉を開けていた。階段を一気に駆け上がったのと、気持ちが高ぶったのとで私は息が荒くて、頬が熱かった。
準備室には、いつも通り先生が座っていた。紺色の暖かそうなセーターを着て、授業がないからだろうか、いつも以上に髪の毛はぼさぼさだった。少し、髪の毛が伸びたような気もする。突然の来訪に驚いたのか、目を丸くして私を見ている。

「ああ、久保か。びっくりした」
「ごめんなさい、勢い余っちゃった」

後ろ手に、今度はそっと扉を閉めた。会えた、会えた、会えた!私の頭の中はそればっかりで、今自分の目の前で大好きな先生が動いて喋ってそこにいることがこの上なく嬉しかった。

「あ、そうだ、久保。ちょうどよかった、これ」
「ん?」
「今日、ポストに入れるつもりだったんだけど」

先生ががさごそと鞄の中から出したのは、一枚のはがきだった。宛て名には、私の名前と私の住所が先生の字で書かれている。


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