あの子の好きな子

偶然の一瞬



【偶然の一瞬】




チョコレートは手作りにこだわった。好きな人へのチョコレートは手作りじゃないといけないという変なこだわりはもともとあったけど、それだけじゃない。もしかしたら受け取ってもらえないかもしれないから。手作りにして、頑張って作ったから食べてって食い下がれば、先生も受け取ってくれるかもしれないと思うから。私はどんどん、図太くてずる賢い、いやな女になっていく気がする。
結局、時間のとれない放課後は避け、昼休みに準備室におしかけた。チョコレートを渡すと、先生は驚いていたけどあっさりと受け取ってくれた。生徒にもらったのは初めてだと言っていた。わざわざ“生徒”と言われて距離をとられた気がしたけど、先生が喜んでくれたからそれでいい。甘いものは好きらしい。本当はもっとずっと、その場で話していたかったけど、昼休みではやっぱりどうも落ち着かない。怨念に近い私の気持ちをたっぷりと込めたチョコレートを、どうか先生がおいしく食べてくれますように。それだけ祈って、準備室を出た。

友達にチョコを見られてしまったら、誰にあげるのと問い詰められる。チョコを誰にも見られないようにということに細心の注意を払っていたので、渡してしまったら少しほっとした。こんな密輸みたいなバレンタインデーは初めてだった。

「雄也、これ、どうぞ」

その日の学校が終わって家に帰ってから、雄也の分のチョコレートを渡しに行った。毎年のことだ。そういえば、先生宛てのチョコレートをもし見られても、雄也にとでもごまかしておけばよかったんだとそのとき気付いた。

「ああ、どうも・・・。なんか、ずいぶん渋いな、今年の」
「え?あ、そう?」

濃い目のこげ茶色のラッピングは確かに地味かもしれない。それは完全に篠田先生に合わせてのことだし、もちろんバレバレだったようで、雄也は訳知り顔で私を見ていた。

「頂きます」

雄也は、100回ぐらいふられてこいって言ってくれた。私だってそれぐらいぶつかりたい。きっと、忙しいからなんて、言い訳にできない。言い訳にできないのは、わかってるけど・・・。


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