あの子の好きな子


篠田先生に会えるのは、理科総合の授業を除けば、たまたま校内で会うときぐらいになっていた。だからその偶然の一瞬はすごく貴重なものなのに、嬉しそうに先生と言って寄っていけないのがつらいところだった。しかも、よく先生を見かけるのが部活終わり。テニス部のみんなの前で「わーい篠田先生」なんて言えるわけもなく、男子部員に囲まれる軟野終わりの時もまたしかり。さりげなく近寄って先生さようならと言うのが精一杯だった。

「あっ、箸忘れた。ちょっと購買、行って来る」

一段と寒い日だった。私はお弁当の箸を忘れて、一人で1階の購買へ向かっていた。一緒に行こうかと言ってくれる友達に一人で大丈夫と言って降りて来たけど、一人で来てよかったと心底思った。購買の近くの自販機の前で、待ち焦がれた偶然の一瞬がやってきたのだ。

「せ 先生っ!」

あまりに突然で、嬉しい偶然すぎて、呼びかける声がどもってしまった。こんなところで先生に会えたのは、初めてだったから。

「ああ、久保。何してるの」

いつもののん気な口調でそう言われた。私はいつも先生に会えるまでは気持ちが高ぶっているけど、いざ先生に会うと先生ののんびりしたムードに引っ張られてだんだんのほほんとしてしまう。それが好きで、会いたいと思うんだけど。

「あの、私、購買に・・・あっ、箸を忘れて!それで購買にもらいに来たんです」
「へえ、そうか」
「先生は」
「先生も、今日水筒忘れて、飲み物買いに来たんだよ」

私は、先生と同じ日に似たような忘れ物をしたのが嬉しくて、その偶然に感謝した。それから自然な流れで一緒に階段を上った。先生が職員室に帰るなら2階まででさよならだけど、2階を過ぎても階段を上っているから、きっと準備室に向かうんだろう。準備室はずっと先だから、それまで一緒だと思うと嬉しかった。


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