あの子の好きな子



教室までの道のりは頭の中がぐちゃぐちゃで、辻くんの顔が浮かんでは消え、加奈ちゃんの声がリピート再生されて、落ち着かなかった。それなのに、教室の扉を開けて自分の席まで来て、広瀬くんの姿を視界に確認したとたん、残像もリピート再生もぴたっと止まった。頭の中がしんとする。

「広瀬くんおはよう」
「おお」

いつもの挨拶が昨日よりくすぐったいのは、それだけ距離が縮まった実感があるから。きっとそうなんだと思う。

「・・・なんか、おまえ」
「え?」
「顔、いきなり老けてないか」

朝一番で広瀬くんにそんなことを言われて、思わず自分の顔を手で覆った。ぶくぶくにむくれているわ、肌は荒れるわ、目の下にはクマがひどいはず。原因はすぐにわかった。

「寝不足?」
「・・・・・・少し」

相も変わらず私はまた眠れない夜を迎えていた。嬉しくて眠れなかったり苦しくて眠れなかったり二つの不眠症を味わってきたけれど、今の原因は純度100%の嬉しくて眠れない幸せな不眠症。嬉しくて、楽しみで、待ち遠しくて、気分が高まったまま落ち着かない。

「そんなに夜中に何してるわけ?」
「・・・寝ようとしてる」
「は?」
「寝ようとして、唸ってると、気付いたら、朝刊が届いてる」
「・・・なんかやばいんじゃないのかそれ」

広瀬くんは不気味がっていたけど、もしもこの状態がやばかったら私はもうとっくにやばい人だ。広瀬くんは自分の一挙一動で私がいちいち舞い上がったり絶望したりしていることなんてこれっぽっちも考えないんだろうなあ。

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