あの子の好きな子
「だからさ」
広瀬くんが私の顔をちらっと見た。私の肩は、またぴくんと反応する。
「二人のこと、黙っといてくれるか。俺が言うことでもないんだけど」
あ、そうかと思った。広瀬くんはこのことだけ、私に言いたかったんだ。さっき博物館で、「いい。俺が」って言ったのは口止めのことだ。俺が言っておくからいいよって意味か。
「うん、言わないよ」
「・・・誰かに、言いたいかもしれないけど」
「言わない。大丈夫」
「ごめんな」
広瀬くんが謝ることじゃない。広瀬くんはきっと知らない。そんなような言葉ひとつで、私は広瀬くんと久保さんの仲の深さを感じてちょっぴり落ち込むこと。
「・・・あのさ」
「なにっ?」
「・・・腹減ったな」
そう言われてみると、なんだか気持ちがどっと疲れて急激にお腹が減って来た気がする。うん減った!と大音量の返事を返して、私達はお店を移動した。初めて広瀬くんとした外食は、ファミレスのミートドリアになった。広瀬くんはがっつりハンバーグセットを食べていて、唇の端ににソースをつけながらもぐもぐと口を動かしているのが可笑しかった。
家に帰ったら、篠田先生と普通に接する練習をしよう。顔に出やすい私には、ある程度のイメージトレーニングが必要だ。なんとしても私のせいで二人の幸せを壊すことがないように、気を引き締めなくてはいけないと思った。でも正直、二人のためというのは二番目の理由に過ぎなかった。
広瀬くんがそう望んだから。
久保さんが泣くと広瀬くんが辛いから。
そんな、悲しくて自分勝手な使命感。その日私は、そんな使命感に燃えていた。