あの子の好きな子
もうすぐ5限が始まる。次は教室移動だから、さっさと荷物を取ってこよう。そう思って教室に向かう階段を上っていたら、そのゴール地点に立ち塞がるように人が立っていた。ここは2年のフロアだから、2年の誰かか、と思ったらその答えはハズレだった。
「やっと見つけた」
上から見下ろすようにして私をじっと見つめていたのは、1年生。写真部。久しぶりにその顔を見た、辻くんだった。少し髪が伸びている。
「あ、あれ、辻くん。何してるのこんなところで、1年の教室ひとつ上でしょ」
「何してるのじゃないよ。あゆみ先輩こそ、部活来ないで何してんの?」
私の所属する写真部は、ちょっとやそっと部活に顔を出さないくらいで責められるようなちゃんとした部ではない。現に3カ月に一度しか顔を出さない部員だっている。辻くんが怒った様子なのは、私が辻くんの主張から目を背けて蓋をして、逃げていたからだ。
「ねえ、俺のこと避けてるでしょ」
「そんなこと」
「あるよ。あれから来なくなったじゃん、部活に。先週の金曜日にもし来なかったら会いに行こうって俺、決めてたから」
そんなことを決められても。とにかく階段を上りきろうと思って辻くんを避けながら進もうとするけど、辻くんはとおせんぼをするように私の前に立ちはだかった。
「辻くん。お昼休み終わっちゃうから、とりあえず教室戻りなよ」
「嫌だよ。昼休み使って教室まであゆみ先輩探しに来たのに、いないから。もう逃がさないよ、いい加減」
辻くんの目が座っていて怖い。辻くんは感情をストレートに出すから、ご機嫌な時はすごく明るくて話しやすくていいんだけど、何か気に障ることがあるとこういう状態になる。かわいい後輩ではあるんだけど・・・。
「と、とにかく・・・さぼりはダメだよ、絶対」
「よく言うよ」
辻くんはそう言うのと同時に、私の左手首をしっかりと掴んだ。少し痛いくらいに握られた腕が、手錠をかけられてるみたいだった。
「写真部の2年の先輩が、あゆみ先輩の噂してたよ。クラスの男と授業前に一緒に消えて、そのまま授業に戻って来なかったらしいって」
あの時だ。学園祭の次の週。広瀬くんが、泣きじゃくる私にいちごミルクを買ってくれた時だ。