あの子の好きな子
「誰?そいつ。先輩、そいつのこと好きなの?」
「・・・なんで・・・そんなこと、辻くんに言わなきゃいけないの」
「知りたいからだよ。俺あゆみ先輩のこと知りたいよ」
「辻くん、腕、痛い・・・!」
辻くんの腕を振り払おうとしたのに、ムキになったのか、辻くんは手の力をさらに強めて歩き出した。昨日、広瀬くんにそうされたみたいに、私は腕を引かれて辻くんについて行くしかなかった。力ではどうしても敵わない。
「辻くん、痛いってば、痛い痛い痛い!」
「痛いならちゃんとついて来て」
「どこ行くの!」
「人がいない所」
不機嫌モードの辻くんが何の抑揚もなく言ったその言葉が少し恐ろしかった。本当にこの子はひとつ年下だろうかと疑ってしまうくらい、辻くんは強引で生意気で、怖い。
進路情報室。辻くんが目をつけたのはそこだった。受験案内の分厚い本だの、過去問だの、大学のパンフレットだのが並べられている小さな部屋で、放課後はいつも誰かしら生徒がいる。ただ今は授業時間。完全に無人だった。図書室のようにきちんと管理されているわけでもないから、監視役すらもいない。しかも狭い。私の部屋と同じくらいの狭い部屋だった。
「あゆみ先輩」
「何・・・?」
「座れば」
ようやく手が解放されたと思ったら、辻くんはしれっとそう言った。いきなり走り出して逃げ出す気にもならずに、私は仕方なくパイプ椅子に腰かけた。辻くんはその向かいの椅子に座る。これから取り調べを受ける気分だ。
「辻くん、大学受けるの?」
「それ今する話?」
「・・・ごめん」
なんで私が謝っている。サボリを強要されて、連行されて、腕は痛いし、怒られるし。なんだってこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
「ねえ先輩、どうしたら信じてくれるの?」
「は?」
「本気にしてないから、相手にしてくれないんでしょ?」
「な、何が?」
「俺が、先輩にいちばん興味があるの」
“俺、あゆみ先輩に興味あるんだ”
“あゆみ先輩のこともっと知りたいよ”
そんなことを言われたことがあった。