あの子の好きな子



もし、私がついこの間までのように、ただの一生徒だったら。この台詞は、「なあんだそれ」とでも返されるような、おちゃらけた台詞だったかもしれない。でも私は大々的に先生に恋をしていますと告白しているから、私が言うと妙に生々しい意味深な願望になってしまった。先生は、口を開けて私の顔を見たあと、いくらかまばたきをした。

「ああ・・・、うん・・・いや、だめだよ」

先生の答えは頼りなくて、とてもこの人がいつも教壇に立って私達に授業をしているその人とは思えなかった。もっとも先生は、教壇に立っているときも他の先生に比べて頼りなくてとぼけた感じはするけれど。

「・・・じゃあ、先生の住んでる街でいいです。先生の住んでるところ、案内して」

私は食い下がった。あの改札の近くで先生に好きだと打ち明けた瞬間が、私にとって一番恥ずかしい瞬間で、もう気持ちをさらけ出してしまったら、引っ込みがつかなかった。照れ隠しで冗談ぶってしまう方が恥ずかしくて、私はいつでも真剣に先生の目を見つめた。

「うーん・・・。・・・いや、だめだよ」
「どうして?」
「どうしてって。学校の中でできることじゃないと」

先生はくるりと椅子を回して、何やら書類の整理を始めた。私に向き合ってくれない、先生が作った壁だった。先生はいつも通り穏やかな顔をしていたけど、私の顔を見てくれないことが悲しかった。

「・・・それって、私が先生のこと好きだからだめなの?」

すねるようにそう言ってみたら、先生は私の顔を見た。先生は笑っていなかったけど、落ち着いた、先生の顔をした。今度はしっかりと、教壇に立つあの先生に見えた。

「関係ないよ。久保でも、誰でも、そんなことはだめだって言うよ」

その落ち着いた口調が嫌だった。さっきどもったのは、突然の台詞に動揺しただけで、私の言動なんて何でもないって言われている気がした。悔しい。先生が張るシールドが、悔しい。



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