珈琲時間
12/17「賭けに勝ったのはどっち?」
 「いつまでそうしてるつもりー?」
 背中に投げかけた言葉は、相手に伝わることなく、床にポトンッと落ちたらしい。
 声をかけた相手は、身動きひとつせずにうつむいたままでいる。
 (こういうメンタル面、いつまでたっても弱いんだから)
 幼馴染だと、知らなくてもいいことまで分かってしまうから厄介だ。
 先ほどまで、笑顔でチームメイトに声をかけていた彼の裏に、長い影が引っ付いていることに気が付いたのは、あたしくらいだろう。

 「幸樹。帰らないの?」
 もう一度。今度はうつむいた顔を覗き込むように声をかける。
 すると、ようやくあたしに気が付いたらしく、幸樹はわっと後ろに一歩退いた。
 「志祈、まだ居たの?」
 「居たわよ。居ちゃ悪い?」
 「いや、悪かないけれど」
 「いつまでも落ち込むくらいなら、吐き出せば? とりあえず、話くらいなら聞くよ?」
 そう言ってみたものの、幸樹が実際にあたしに弱音を吐くことは少ない。
 今回だって、幸樹の靴紐が切れたのは、ただのアクシデントだ。……それが引き金となって、勝たなければいけない試合に僅差で負けてしまったとしても、それは幸樹のせいではないとあたしは思う。
 だけど、問題はそんなことじゃない。
 あくまで、幸樹がどう思うのか、だ。
 「……志祈に言ったからって、解決することじゃないし」
 「じゃ、早く解決させてよ。今日の試合、夕飯のおごり賭けてたじゃない?」
 動こうとしない彼に、試合前に無理やり約束させた賭けを思い出させる。
 
 「お前は……まだ俺に追い討ちかける気か……!」
 呆れ顔を見せる幸樹に、少しは気を逸らすことが出来たと小さくガッツポーズをする。
 「やだなぁ。今回の賭け、あたしの負けでしょ? あたし、幸樹が負けたときに自分の利益になる方に賭けたつもりないもん」
 あっけにとられた顔をする彼に背を向け、体育館の扉を開ける。
 外は、茜色に染められた空が広がっている。
 (あたしが出来ることなんで、これくらいしかないのよねぇ)

 結局、本人の中で解決するまで、問題というものは本人を付きまとうのだ。
 だったら、傍に居るあたしの役目は、本人が問題につかまらないように、上手く逃がしてあげることかもしれない。

 「はやくー。暗くなったら、帰るの怖いじゃない!」
 「何言うか。お前の家、俺ん家の隣だろうが」
 ようやく彼がコートに背を向ける。
 それは、一瞬の逃げでしかないかもしれないけれど、今はそれでいいのだとあたしには思えた。

●逃げることは、いつでも悪いことなわけじゃない。そう思うこと自体が逃げなのかな?(苦笑)
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