魔王と王女の物語
コハクがぷらぷらと通りを歩きながら毒づいていた。


「女を避難させてるとか言ってたな…。ったく、何が楽しくて男しか居ねえ村を助けなきゃいけないんだよ」


まさか自分が人助けをすることになるとは――


魔法使いになって数百年は経ったと思うが、1度も人助けはしたことがない。

普通魔法使いというものは“人のために”がモットーなのだが…


魔王は一味違った。


「…ん、女の匂いがするぞ」


魔王しか持ちえない敏感なセンサーが反応して、村長の家の裏手にあたる山の奥に入っていくと…


こちらに背を向けて、かかしのような人形に剣を振るっている姿が見えて、にやりと笑う。


…あの背中は、男ではない。あの腰の細さ、腕の細さ…村で唯一残っているという女だろう。


「よう」


気配もなく近付いた魔王の低い声にびくっと身体を引きつらせ、剣を構えたまま振り返った女。


…茶色い髪は短く切られて目深に帽子を被り、長袖のシャツ、だぼだぼのパンツを履いて男に見せようとしていたが…コハクの目からすれば女にしか見えない。


「だ、誰だお前!」


「お前こそ。女じゃん、逃げなくっていいのか?」


女が後ずさりするが、近付けば近付くほど綺麗に整った少しきつい顔が見えて、また笑みが濃くなる。


「それ、さらし巻いてんの?俺さあ、一応狼退治に来た一行の1人だから信用しなって」


目の前に立ったコハクのあまりにも整った顔を見た女は、ぐっと唇を噛み締めると鞘に剣を収めて帽子を取る。

髪が長ければ、かなり見栄えのする女だ。


…だがそれよりもやっぱり、ラスがいい。


ついこの前ラスを膨れさせたばかりなので、今回は大人しくしていてやろうと決めた魔王は女の耳に蠱惑的な声と息を吹きかけた。


「俺が退治してやるよ。お前も女に戻りたいだろ?だからここに残ってる理由を言えよ」


誘惑してくるコハクに少女のように身を竦ませた女が、か細く答えた。


「…将来を誓った男をあの狼に食われた。仇を討つために、ここに残っているわ。…お願い、あいつをやっつけて」


「仇討ちね。ま、やっつけてやるよ。運がいいな、いつもの俺だったら…」


含み笑い。
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