魔王と王女の物語
手でぱたぱたと顔を仰ぎながら散歩をはじめたラスは、

あちこちに居る山羊や馬、羊を撫でまくって、尻尾の曲がった黒猫を追いかけて夢中になってちょこちょこと走っていると…


赤い屋根の家が見えて、脚が止まった。


「あ、おばあさんが…」


おばあさんこと狼の魔物が、庭でうずくまっていた。


「大変、助けてあげなくっちゃ」


「ああ痛い…痛い…助けておくれ…」


お腹を押さえて痛がる“おばあさん”の前に立って、そこでコハクの言葉を思い出した。


『あれは魔物だ』


次いで父のカイの言葉も思い出した。


『人に優しくね』


痛い痛いと言って顔を上げない“おばあさん”の前でどうすればいいかをおろおろしながら必死に考えて、そして決めた。


「人じゃないけど、でも痛がってるし…狼さん、大丈夫?」


「私は狼じゃないよ。いたた…娘さんや、すまないが手を貸しておくれ」


白いマトンの手袋をした“おばあさん”の手を引いて立ち上がらせると…マスクの隙間から、大きく裂けた口が見えた。


「狼さん、口が大きいんだね。どうして隠してるの?」


「すまないが家の中まで連れて行っておくれ」


質問には答えてくれず、立ち上がったおばあさんは…コハクの背より高くて、首が痛くなりながら頷いた。


「あのね、狼さんを助けたことがばれたらコーに怒られるからお家に入ったらすぐ出てくね」


「ありがとう…ああ娘さん、手がやわらかくて真っ白くて美味しそ……綺麗だねえ」


「狼さんは毛むくじゃらだもんね。悪さしないでみんなに謝った方がいいよ?」


真剣に説得をはじめたラスだったが、家の中に入ると後ろ手で鍵を閉められて、半ば無理矢理に椅子に座らされた。


「ああ、だいぶ楽になったよ。ありがとう娘さん。お茶を淹れるから飲んで行っておくれ」


「うん。良くなってよかったね」


にこーと笑いかけてきて、さすがの“おばあさん”も少しだけ罪悪感が沸いたが…


ラスに背を向けてマグカップの中にさらさらととある粉を入れて、ほくそ笑む。


「さあこれをお飲み。身体があったまるよ」


無邪気に笑うラスは…美味しそうだった。
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