魔王と王女の物語
「ただの息のくっせぇ狼じゃなかったんだな。ちょっと見直したぜ」


笑ってはいたが、笑っていない。

いきなり変貌したコハクの雰囲気に狼が息を呑んで身構える。


「やる気か?俺を殺したらこの娘も助からないぞ」


「そうなのか?じゃあちょっと気絶してもらうか」


ばさ、とマントを開き、胸に手をあてたその手が沈んでいき、中から例の黒い剣を引き出して、

狼はこの時コハクの正体を知った。


「お前…、いや、あなたは…!?」


「あ、知ってた?今すぐ吐き出せよ。そしたら半殺しで済ませてやる。殺すとチビが悲しむからさー」


――狼は腹のチャックを押さえて後ずさり、コハクの要求を拒んだ。


「あなたが居なくなってから俺たちは好き放題できるようになったんだ。あなたが今まで魔物の数が増えないように淘汰してきたこと、人間は誰も知らねえ。一体今まで何を!?」


「何してたっていいだろ。あとその淘汰がどうとかいうのは誰にも喋るなよ。俺、そういう美談で担ぎ上げられたくないからさー」


…魔王が魔物を淘汰。

人を襲う系の魔物を殺し、極力影響をもたらさない魔物だけを残して、人知れずその数を淘汰してきた魔王。


これをラスが知れば、間違いなく“勇者様”と言ってくれるのに。


ひねくれ者の魔王はそれを望んでいなかった。


「チビが溶けちまうだろうが。さ、まず両腕を削いでやる。ケルベロス、餌をやるぞ」


左手に剣を持ち、右手で瞬時に魔法陣を描くとその円から巨体のケルベロスが姿を現して、ため息をつかれた。


『魔犬扱いが激しいんだけどー』


「うるせえよチビが食われてもいいのかよ」


『え、あいつの腹の中?チビは俺が食うんだ!勝手に食うな!』


「お前も勝手なこと言うんじゃねえよ」


掛け合い漫才のような言い合いだったが、あの地獄の使者を伴い、剣を振りかざす魔王には全く勝てる気がしない。


ラスはこの時風呂上がりで魔物避けのネックレスを外していて、狼にはこれが絶好のチャンスだった。


「娘は渡さない!俺が食うんだ!」


「そいつは俺が違う意味で頂くの。さ、やるぞ」


準備運動をするかのように首を鳴らした。
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