魔王と王女の物語
魔王は走ったりしない。

そういう熱血魂は持ち得ないので、ゆっくりと狼に向かって歩き出す。

そんな魔王の回りをケルベロスが守るようにぐるぐると周りながら一緒に近付いて行く。


…狼に作戦はなかった。

ここにふらりと来たのも、美味そうな女が大勢居たからなのだが、そろそろ移動しようか、と思っていたところだった。


「とりあえず両腕両脚削いで、あと耳と尻尾も削ごう。それ位やれば気絶するだろ?」


残酷な宣告に、狼は大きな口をさらに避けさせて、なんでも切れる爪を30㎝程にゅっと出した。


腹が重たくて全速力で走って行けないのが難点だったが、あっちがずんずんと近付いて来るので間合いに入るまで待っていた。


「そんなにあの娘が大切なんですか?魔王も変わったもんだ」


「ま、お前にあの女の価値はわからなくていい。あー、いい風吹いてきたー」


すぐ傍の木が落雷で燃え上がった。

轟音があたりに響いて、異変に気付いたリロイやティアラたちが駆け寄ってくる。

そして狼の腹を見て…絶叫した。


「まさか…!ラスが!?」


「うるせえよその辺で膝抱えて耳塞いでがたがたしてろ」


「そんなわけにはいかない。…生きているよな?」


隣に立ったリロイが鼻を鳴らして匂いを嗅いでくるケルベロスとだらりと両腕を下げた狼を警戒しながら問うと、コハクが頷く。


「ここは俺に任せとけ。あいつ、知られたくねえことを知ってるからな、俺が直接手を下してやる」


落雷の次は豪雨で足元が悪くなり、この現象を呼んでいる魔王1人が嘲るような笑みを浮かべて、首を鳴らしながら一応もう1度降伏を呼びかける。


「じゃ、やっていいんだな?お前みたいな小物を殺したって楽しかねえんだけどさ」


『わー魔王様、なんかこういうの久しぶりですね、わくわくするー』


3つの顔から狼以上の牙がぞろりと出て、口の中からは地獄の消えない炎が揺れている。

魔王は痛いほどの強さで振って来る雨に打たれながら、ふっと姿を消した。


「!?どこに行った!?」


いきなり消えたので狼が辺りを見回す。


「ここだよ」


死神の声が背後から――
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