魔王と王女の物語
リロイの背中は怒りに満ちていた。

コハクはそれをわかっていながらもトイレまで同行し、さらに鍵まで閉めた。


「…なんで鍵まで…」


「お前と2人きりで話をするのはこれが最初で最後だ」


笑顔の消えたコハクのやや怜悧な美貌は冴え渡り、リロイの背中をぞくっとさせた。


「ラスのことなのはわかってる。お前はラスを諦めないだろうし、僕も諦めない。話し合ったってこれだけは変わらないぞ」


「ああ、そうなんだけどさ。俺も2度もその剣で刺されたくねえし、俺の城に着いたら真っ向勝負してやる。だから…」


鞘に手をかけて警戒しているリロイの間合いに頓着なく入り、胸元を掴むとぐっと顔を近付けて、低い声で囁いた。


「チビに優しくしてやれ。城に着くまではなんとか目を瞑っていてやる。ただし、城に着いたら…チビには触れさせねえ」


「…僕がラスに手を出さないとでも思ってるのか?信用しているとでも!?」


つい声を荒げて逆にコハクの胸元を掴むと、赤い瞳は愉悦に満ちた光を湛えてリロイの耳元に呪いのような言葉を吹き込む。


「チビに手を出せるか?ボインのことはどうする?チビに手を出したとして、お前は後悔しないか?身体だけ手に入ったマリオネットのようなチビを愛せるか?」


「…!」


「俺は俺の気持ちをぶつけてきたけど、全てチビに選択させてきた。チビは俺を選んだんだ。いいか…ラスは俺の花嫁だ」


――ぱっと手を離して背を向けたコハクに対して怒りがみなぎってきたが、全て正論だ。

むかつくほどに真実を叩きつけられてわなわなと震える手は、今にも魔法剣を抜いて斬りかかりそうになっていた。


「城に着くまでだぞ。優しくするだけ。お触りは禁止。キスなんかもっての外!お前を監視してるからな。少しでも変な素振り見せやがったら………まあいいや、そういうことだから覚えておけ」


「……お前を殺したい」


「ああ知ってる。チビはお前の笑顔が見たいんだ。それも覚えておけよ」


――いつも優しくて笑顔に溢れていたリロイ。

強くて、少しへたれな部分があって、でも滅法強いラスだけの白騎士――


ラスを悲しませたくない。

その一心が、コハクを動かしていた。
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