魔王と王女の物語
血に染まったドレスを脱がせて丁寧に傷口を拭うと、白い肌には傷ひとつなく、コハクをほっとさせた。


「良かった…。女なんだから身体に傷でも残ったら…」


そう言いつつすらりと伸びた白い脚に目を遣ると、ふいに笑みが込み上げた。

この王女はお転婆で、遊ぶ場所と言えば森の中。

木の枝で腕や脚を怪我するのはしょっちゅうで、その度にカイやソフィーに怒られもめげなかった。


『コーが治してくれるから大丈夫!』


そう言ってまたカイたちを困らせて自分を苦笑させたことも数知れず。


『コー、治して!』


当たり前のようにそう言い、痛いはずなのにラスの口からはほとんど“痛い”という言葉を聞いたことがなかった。

だが、さっきは“痛い”と言った。

…堪えきれないほどの激痛が襲っただろう。

堪えきれずに漏らした言葉はコハクの胸を抉り、震える吐息をつかせた。


「チビ…」


「ん……」


まだ意識は戻らなかったが小さな声が聴こえたので素早くガウンを着せて寝かせると、貧血で真っ青なラスの頬を撫でた。



「痛かったよな。チビ…俺を庇ってくれてありがとな。俺は…お前に庇われてばっかりだ」



“魔王憑きの王女ラス”。

密かにそう揶揄されて、

カイやソフィーがラスを城に閉じこめて外に出さなかった原因は全て自分にある。

わかっていながらも、ラスを構うことだけはやめられなかった。

成長して美しくなってゆくラスを見るのが、いつしかとても楽しみになっていた。


――外は絶えず稲光がしていて、魔法の効果で雷こそ落ちなかったがラスはきっと外の風景を怖がるだろう。


コハクはそっとベッドから離れると、切り立った影のある方のバルコニーに出ると荒々しく打ち寄せる波しぶきを見て苦笑した。


真っ黒な海。

このバルコニーに出て世界征服宣言をしたあの時の気持ちは、もう思い出すことができない。


「あーあ、俺も丸くなったもんだな」


少し長めの真っ黒な髪が荒ぶる風にさらわれ、コハクは赤い瞳を閉じた。


目が覚めたら、ラスになんて言おうか?


愛してる?

それとも?

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