spiral
「先生に怒られない?」
そう聞いても、意に介してないようで「短時間だもの」と返す。
ポケットから、スティック状のものを取り出す。
「口閉じててね」
そういわれ、心さんの顔が近付く。さっきのことがあるから、なんだか落ち着かない。
「勇気が出るグロス。マナは化粧っけないから、これくらいでもいいかな」
鏡を見せてもらうと、いつもの唇と明らかに違う。
「うん、可愛い」
そういったかと思うと、心さんが頬にキスをした。
「こっ、こ、キス……って」
思わずどもる。ニコッと微笑んで「おまじないよ」とだけいい、先に体育館へ戻ってしまった。
さっきからドキドキさせられっぱなし。心さんって女の子なのに、さっき見た顔とかキレイめの男の子かと思った。
「……はーっ」
体育館の壁にもたれかかって、大きく息を吐いた。
「心さんたち三年生が最初。次の二年生の発表が終わって、その後があたしたち一年生の順番か」
しかも心さんは一番最初。二つ返事で受けたっていうし。
「すごい人だよね、心さんって」
憧れてしまう部分が多い人。
お兄ちゃんを追いかけてきちゃうくらい、恋にまっすぐ。
いつもきれいで、可愛くて。料理も上手。こんな女の子と付き合いたいって誰もが思うに違いない。
「度胸もいいし」
強い人なんだろうなって思いながら、空を仰いだその時。
「……いた」
低い声がした。
まさかだった。人気がないわけじゃない。ここに来るまでに誰かに見つかる可能性だってあったはず。
「どうしてここに」
お兄ちゃんとお父さんが警戒していた。きっともうすぐここにくるはずの二人。
人生はタイミングだって、テレビで誰かが言ってた。じゃあ、これもタイミング?
「どうしてって、あんたの発表があるんでしょ?」
さも当然と言わんばかりのセリフ。
「子供の作文の発表に、親が来るのは当たり前でしょ」
けどあたしは言っていなかった。ママに伝わっていないって思ってた。
「あたしは何でも知ってる。言ったでしょ。あたしは、あんたの母親だもの」
その言葉はとても軽くて、悲しい言葉でしかない。
ママの中の母親という概念がわからない。それはきっと、あたしとは重ならない考え方。
「今までどこにいたの?」
すこし後ずさりながら聞くと「関係ないでしょ」と返ってくる。
「でも気になるよ。ママが母親だっていうように、あたしも子供だし」
声が震える。こんな風にママに向かって、文句とも言えることを口にすることなかったし。