BLack†NOBLE
椅子から立ち上がると、蔵人の心臓の真上に右手を差し出す。誰に言われた訳でもなく、体が勝手に動く。俺は、この儀式のやり方を知っている。
掌を一度強く握りしめてから、そして大きく開いた。
男のくせに、細く長い指が嫌いだったが彼女はこの手を美しいと言ってくれた。
レイジたちは、蔵人を挟み俺と対峙する。
後ろにいた男がシルバーの短剣を慎重に筒から取り出す。それを右手で握り、左手を刃にそえてから深く一礼をした。
『儀式が執り行われると、逃げ出すことは許されません。それは、あなたの死を意味する』
『別にいつ死んでもいい』
『ファミリーになれば、私があなたを全力でお守りします。今回のようなことは二度とさせません』
『どうだかな……』
もう執事としての生活も、彼女の婚約者に戻ることは出来ない。 俺も、一人のマフィアになる。 半人前の出来損ないのマフィアだ。
『始めてくれ』
────茉莉果。 こんな時に限って、彼女が楽しそうに笑う顔が見たいなんて……
俺は、もう二度と彼女を笑顔にさせてやることができないだろうな。
彼女がどうであれ、俺は純粋な彼女が犯罪組織の人間と交流を持つことに嫌悪している。そして、俺は永遠に抜け出すことの出来ない犯罪組織への道を選んだ大馬鹿だ。