BLack†NOBLE
焼き立てのフォカッチャは、こおばしい香りと柔らかな湯気をあげている。
『ギャーーーーーッ!!
小娘!! クロードから離れなさいよ!!』
「あら、可愛い。お人形さんみたいな女の子だわ。はじめまして、紫音茉莉果よ」
『何を言われても、クロードは渡さないわ! 私たち、再婚するんだから!! ねえ? クロード、私のこと愛してるのよね? ね?』
アリシアは蔓性植物のように隣の蔵人に絡み付く。
怪我した場所に触れぬように注意しているらしい……が蔵人は迷惑そうにアリシアを引き離した。
『朝から騒ぐな』
『え? うん。静かにする』
そして、顔を赤くして俯いたアリシアの左腕には見慣れない真新しい薔薇の紋様がはいっている。
『それ、仕事に影響ないのかよ。お前女優だろ?』
『あ、これ? 私、引退するの。クロードの女になったケジメだもん』
『引退って……そんな簡単に夢諦めるのかよ!』
『いいの、私クロードが怪我して何が一番大切かわかったのよ! 女優なんて、またいつでも復帰できるわ。今はクロードといたいの!』
『根性なし』
『瑠威に言われたくない!』
メルフィスの女には、薔薇の入れ墨。昔から俺が知ってる掟の一つだ。
こんな毒々しいものを彼女には彫りたくないけどな。
「まあ、可愛いネイル! それどこのお店でやってくださるの? 私も日本に帰る前にネイルサロンに寄って行こうかしら?」
脳天気なお嬢様は、薔薇の紋様よりネイルが気になるようだ。
『あんたなんか、クロードの相手は絶対に出来ないわよ! そんな可愛い顔してたって、犯されて廻されて捨てられるわよ』
「一緒に連れて行ってくれるのね。柏原。彼女、私とお友達になりたいみたい」
ふふふ、と声をあげて笑う彼女に俺たちはため息をついた。
ある意味凄いな。イタリア語と日本語で会話をして笑っていられるのだから。