BLack†NOBLE
─────荷造りは簡単だった。俺たちは元々数日滞在の婚約式をするためだけやってきたのだから。
着替えを済ませて、屋敷のバーラウンジで彼女を待っていた。
このラウンジは二十四時間好きな時に好きな酒が飲める。屋敷にいるファミリーならば誰もが利用できるラウンジだ。
カウンターの高い椅子に座り蔵人から返されたパスポートを開き、偽造などされていないか入念にチェックする。
『一杯どうだ?』
シチリア幹部のカルロが、スパークリングワインを片手に、もう片方の手で冷えたグラスを差し出した。
ゴツゴツとした右手は銃を操る際にできる痕だ。
『ああ』
短く答えて、白く曇ったグラスに泡立つスパークリングワインが注がれる。カチンとグラスを合わせて、喉を潤す。
『勿体無いな、シチリアに欲しい人材だった。ローザ様が瑠威に会いたがっておられた。近いうちに会いに行ってはくれないか?』
カルロは立派に生やした髭を撫でる。一度も見せた事がなかった穏やかな目をしていた。
『ボスの意向で左遷されるのだから、仕方ないだろ? でも、ローザにはまた会いたいな……彼女には酷い態度をしてしまった。俺が謝りたいと言っていた、と伝えてもらっていいか?』
『もちろんだ。それにボスの意向は最も尊重すべきだが、なにせこの決定はボスらしくなく歯切れが悪い。
いつもならばボスは俺たちを必ず納得させる決定を下す』
カルロは、ワインを一口で飲み干すと顔を強張らせた。
『お前が来てからボスは変わった……』
『それは致命的か?』
『いや、逆だ。今まではピンと張り詰めた糸のようで、簡単に断ち切られてしまうような部分があったが、少し余裕ができた。コッグやグレコをやったからかもしれないが……』
『アイツらは殺してよかったと思うか?』
カルロは、鎮痛な面持ちで頷いた。
『あれは、罰だ。ファミリーの掟に逆らい制裁が降された。
アイツらの存在と死がファミリーは、より一層クロード様に忠実に働こうと、皆が意識を高める。
……と正当化させていくしかないだろ? 瑠威はどんな答えを聞きたかったんだ』