BLack†NOBLE


「柏原、お風呂あがりに冷たいレモンティー用意しといてね!」


 俺は、バスルームの扉に背をつけたまま「かしこまりました、お嬢様」と返事をする。



 かしこまりました、お嬢様か……結局ここに帰れば俺は元の執事のままだ。

 バスタイムを一緒に楽しめるようになるのは、まだ先だろうな……


 ため息をついてから、キッチンへと足を運んだ。だけど顔は気持ち悪いくらいに微笑みがこびりついている。顔を歪ませようと思っても無理なくらいだ。


 この平和で、何気ない一時。

 俺と彼女だけの生活。

 ずっと戻りたかった。


 全てを失うと覚悟した時、その素晴らしさを改めて知り大切さを痛感したんだ。


 右手を開くと、薬指から手首にむかって一筋の切り傷が残っている。

 新しい皮膚が再生しても、細くケロイド状に傷が残った。 傷跡は残るだろうな。


 蔵人の抱えているものを、ほんの少し俺が共有した証だから。



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