主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
その夜…

鬼火を伴って人気のない幽玄町を歩き、1人の若い女が曲がり角でぶつかってきて立ち止まった。


「きゃ…っ」


「騒ぐな。俺が誰だかわかっているな?」


大きな手で口を塞がれて、驚きのあまり目を見開いている女はそれなりに美しく、主さまが妖しく笑いかける。


「お前に決めた。俺の血肉となれ。いいな?」


ぽう、と見惚れたような顔をして見上げて来る女の腰を抱き、かするようにして首筋に唇を這わせると、一気に身体から力が抜けて、抱き上げる。


「意味はわかっているのか?お前は俺に食われるんだぞ」


「それでも…いいです…」


緩く結んだ長い髪…鋭角な身体の線はしなやかで、主さまの瞳の中には鬼火のような青い炎が揺れていて、女がさらに魅入られる。


「わかっているならいい。まずその身を抱いて、その後食う。骨まで食ってやるからな」


「はい…嬉しい…」


…女は必ずこうなる。

例外はなく、妖の頂点に立つ男を拒絶できる女など居るはずもない。

くわえてこの美貌に唆されて、誰もを意のままに操れる。


「帰ったぞ」


女を抱き上げたまま屋敷に帰ると、今まで騒いでいた妖たちが一気に静かになった。


本来なら腕に抱いている女が悲鳴を上げてもおかしくない光景なのだが、それよりも自分の顔から視線を逸らすことができない女を内心鼻で笑いつつ、

一挙手一投足を見守る百鬼たちの間を擦り抜けて、縁側から自室へと入った。


床には眠っている息吹。


多少邪魔だと思いつつもそれでも追い出す気はなく、女を布団の上に放り投げた。


「まずは脱いでもらおうか」


操り人形のように藤色の帯を外し、ずっと目を合せたままどんどん脱ぎだして行って、

なんだかちっとも食事にありつける気分になれないのは…いつの間にか起きていた息吹がこちらを見ているからだ。


主さまの瞳は暗闇でも昼間のように見えたが、息吹は違うだろう。

なのにずっとこっちを見ている。


「主さま…」


全てを脱いだ女から声をかけられたものの傍らの息吹が気になる。


が、食事は食事。


その前に女を抱こうと肩に手を置いた時――
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