主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
「ぴゃぁぁあん!」


火が付いたように息吹が泣き出し、上半身はだけた状態の主さまは口づけをしてこようとする女の顔の前に手を出して制すると、枕元に用意していた哺乳瓶を息吹の口元に持って行く。


「ほら、これでも飲んで早く寝ろ」


「きゃあん!」


…絶叫だ。

恐らくその声を聞きつけた山姫が縁側から怖ず怖ずと声をかけた。


「主さま、息吹をこちらに」


「いや、いい」


「ですが…教育上良くありません」


「…赤ん坊だし記憶に残るはずがない」


「とにかく良くないのです。こちらに渡して下さい」


頑として言うことを聞かない山姫の強情な態度にむかっときたが、完全に気を削がれた主さまは髪をかき上げながらため息をついた。


「もういい、帰れ」


とろんとした瞳を覗き込み、暗示をかける。


「今日お前は俺と会ったことを全て忘れる。いいな」


「はい…」


のろのろとした動作でまた着物を着て、せっかく美味そうな女だったのにと思いつつも息吹を腕に抱き上げるとぴたりと泣き止んで、きゃきゃっと楽しそうな声を上げる。


「お前のせいで食いっぱぐれたぞ」


「あー、だー」


最近よく喋るようになった息吹はみるみる可愛らしくなってきて、これは確実にいい女になるだろう、とほくそ笑みながら息吹を抱っこしたまま寝転んだ。


「…おい」


「だー」


「それは乳じゃないぞ。やめろ、触るなっ」


女の乳と勘違いしたのか、息吹が小さな手で胸に触れて来て、主さまが焦りながら息吹を横に寝転ばせた。


「あと16年、俺は女を食えないのか?ああ、こんなもの育てようと思った俺が馬鹿だった…」


呟いてもすでに後の祭り。


女が出て行き、山姫が怖ず怖ずと襖を開けて、まだはだけたままの主さまを叱った。


「主さま、教育上良くないと申し上げたはずですよ。息吹の前では威風堂々となさってください」


「ああ?俺は俺のやりたいようにやる。いちいち妻のように小言を言うな」


「妻も居ないくせによくそんなことが言えたもんですね」


…辛辣な一撃にまた閉口して、寝返りを打って舌打ちした。
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