主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【完】
「雪ちゃん…私の白無垢姿、どう?綺麗?」


雪男の部屋は氷でできているので常に寒く、長居できない息吹は白い息を吐きながら寝台の上に置かれている氷の塊に向けて話しかけた。


「ねえ雪ちゃん…。雪ちゃんがあの時助けてくれなかったら私はどうなってたのかな…。父様が危機一髪で雪ちゃんを助けてくれなかったら私…後悔して毎日泣いてたかもしれない」


手拭いを手に巻き付けてそっと氷の塊を掌に乗せた息吹は、青白く光る炎のような核を覗き込んで笑いかけた。


「また元の姿に戻れるんでしょ?主さまと喧嘩しちゃ駄目だよ?…ううん、また2人が喧嘩してる姿が見たいな。雪ちゃん…早く戻って来てね。私とまた沢山遊んでね」


…一瞬ぴかっと光った気がして反射的に瞳を閉じると、開けた時には何の変化もなく、また寝台の上に丁寧に置いた息吹は眠りについている雪男に手を振った。


「毎日来るから。雪ちゃんの観察日記をつけることにしたの。元の姿に戻ったら一緒に見ようね」


氷でできた重たい戸を閉めて1階へ上がると、すでに庭では乱痴気騒ぎが始まっており、広間には主さまと息吹の席が設けられていた。


「おお戻って来たか!さあ、夫婦の誓いの盃を交わしてくれ!」


興味津々でこぞって囃す百鬼が面白くて、息吹はくすくす笑いながら主さまの部屋の襖を開けた。


「主さま、誓いの盃だって」


「ああ。…息吹、ちょっとこっちに来い」


「?なあに?」


部屋に入るとすかさず襖を閉められてその場に座らされた息吹は目の前に腰かけた主さまをじっと見つめた。



「…今夜の百鬼夜行は中止する」


「え?でも…いいの…?」


「祝言の日位は大目に見てもらう。息吹…至らない俺だが、お前を大切にする。泣かせたりしない。…多分」


「主さま…。私の方こそ末永くよろしくお願いします。あと私と夫婦喧嘩をしたら父様が乗り込んで来るから喧嘩しないようにしようね」


「…冗談にならん」



渋い顔をした主さまが腕を伸ばして抱きしめようとして、手を引っ込めた。


「ぎゅってしてくれないの?」


「…着崩れる。後で思う存分……なんでもない」


きょとんとしている息吹の手を引いて部屋を出た主さまは、立派な緋色の屏風の前に設けられた席に息吹と一緒に座り、盃を手にした。



「俺たちは今この瞬間、夫婦になる。そして今夜の百鬼夜行は中止だ。思う存分騒ぐがいい」


「おぉおお!」



主さまと息吹は三々九度を交わし、心の底から零れた笑みに見惚れ合った。
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