絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 永作が静かに言う。
「そうだな……」
「あ、もう3時…」
 佐伯は控えめにカラオケを主張した。
「いいよ。香月は後でタクシーで帰らせるから。俺もそれまで寝るよ。吉原、ありがとうな、うまかった」
「よかったです」
 褒めても無表情なのはいつものことだ。
「いつから来るんですか?」
 西野も身支度を整えながら聞く。
「明日がもともと休みだからな。あさってから行くよ。どした? 西野……」
「いや、やっぱり起こした方がいいなと思って……」
 西野の視線は香月から離れない。
「どうせカラオケは行けないのだから、ここで寝かせてあげた方がいいと思います。すごく疲れているみたいでした」
 永作は意外によく人を見ている。
「あぁ……。というか、俺の風邪が移ったかな……」
 ごまかすつもりの独り言は、
「西野さん早く行こうよ」
 の、佐伯の言葉にうまくかき消される。
「おぉ……あ、お疲れ様でした」
「お疲れさん」
「お疲れ様でしたー」
 西野は最後まで納得いかなかったようだ。さて、何がそんなに気にくわなかっのやら……。
「香月……」
 誰もいなくなったソファの近くで小さく呼ぶ。もちろん聞こえてはいないはず。
「香月……」
 もう一度呼んだ。今度は、顔のすぐ側で。だが、その寝息のリズムは崩れない。
 いけないことだと分かっていた。
 だが、もうこの瞬間を逃すことはできなかった。
 顔が序々に下がり、その、白い肌の密度まで分かるその距離まできたとき……。
 
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