優しい手①~戦国:石田三成~【完】
春日山城内に併設されて造られた岩をくり抜いた天然の洞窟内。


その毘沙門堂に通じる通路の前には幸村が見張り役として立っていた。


「桃姫!如何されたのですか?」


「あ、あの、謙信さんにお願いがあって…」


この堂内には兼続と謙信しか踏み入ったことがないとても神聖な場所だ。


「桃姫、どうぞお入りください。拙者がご案内いたします」


中から兼続が出てきて、盲目の桃の手を景虎から譲り受け、引いた。


「でも…入っちゃいけないんでしょ?」


「殿から姫は通していい、とお許しを頂いております。どうぞ我が上杉の心の臓へ」


養子の景勝と景虎も堂内へ入ったことがないので、少し羨ましく感じつつも…

未来の母となるかもしれない桃に頭を下げると部屋へと戻って行く。


「なんかひんやりするね。謙信さん風邪引いちゃうよ」


「ははっ、大丈夫です。殿はああ見えて頑丈にできておりますので」


――内部には、蝋の溶ける匂いがした。

そして、謙信の乳香の香り。


「殿、桃姫が」


「…そこに居てもらって」


ぴんと張りつめた空気が流れている。

神聖な何かを感じて、桃も背を正して正座した。


「………」


兼続が出て行って、堂内には桃と謙信のみ。

だが不思議と居心地が良く、


盲目の桃には見えていなかったが、この時謙信は巨大な毘沙門天の像を前に座禅を組み、

長い指を組み合わせて複雑な印を作ると、静かに崇拝する像を見つめていた。


「…あ…」


小さな小さな声だが、謙信が祈祷をしている低い声が、響く。


吸い込まれそうになって、だんだん身体がぐらぐらと揺らいで、謙信が作り出す精神世界へと引きずり込まれてゆく。


――身体が倒れかけた時、桃の肩を抱いた手が在った。


「姫、大丈夫?」


「あ……、謙信さ、ん…、私…」


「ごめんね、集中しすぎちゃった。平気?」


優しい声に身体を起こそうと手をついた場所は謙信の胸で、ぎゅっと謙信に抱きしめられて、頬を撫でられた。


「少し…少しこのままでいて。………桃…」


泣きそうなほどに、せつない声で――
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