優しい手①~戦国:石田三成~【完】
桃に着替えや化粧を施すために女中らが数人なだれ込んできて、謙信を自室に追いやる。


「では桃姫、ごゆるりとお着替えくださいませ。お美しいお姿、期待しておりますぞ!」


「うん、ありがとね、カネゴンさん!」




……奇妙な空気が流れた。


兼続は謙信や三成らと顔を見合わせると、自身の顔を指さしながら目を白黒させる。


「今…拙者を『カネゴン』と?」


「今ね、謙信さん以外の名前を呼んじゃいけないの。だからこれからはしばらくカネゴンさんって呼ぶね!」


――意味はわからないなりに、その言葉の響きに謙信含め皆が吹き出す。


「姫…か、カネゴンって…!ああ、お腹が痛い…!」


謙信もその場に座り込んで必死に笑いを堪えていたが、当の桃は喜色満面で、今度は磁石があるかのように三成に向き直ると指を差した。


「これからはミッチーさんって呼ぶから!」


「み…、みっちー!?」


つい驚きの声を上げてしまい、いつもの冷静さがどこへやらの三成に、カネゴンと名付けられた兼続が同族を憐れむかのように肩を抱くと無言で頷いてくる。


…なんだか字をつけられて親しさが増したような気がして、言葉の響きはともかく2人が少し嬉しそうにすると、幸村が羨ましそうにして桃ににじり寄る。


「ち、ちなみに拙者は…」


「えっとねえ…ユッキーさん!可愛いでしょ?」


…最後の一言は実に余計だったが、それでも幸村は尻尾を振らんばかりに喜ぶと、深々と頭を下げて部屋を飛び出て行く。


「ああおかしい…!姫、うちの景虎と景勝はなんて呼ぶつもり?」


ようやく立ち上がることができた謙信は桃に近寄ろうとしたが、三成から身体を入れられて牽制され、その場で桃の返事を待つ。


――うーんと唸って天井を見上げるような仕草をした後、本人たちは居ないので、謙信に口元を緩ませて言い放つ。


「トラちゃんとカッちゃん!歳が近いから“ちゃん”付け!謙信さんから2人に伝えておいてね!」


「ふふ、それは姫が直接伝えるといいよ。きっと喜ぶと思うなあ」


――結局は名前を呼んでいることに変わりはないのだが、桃が字をつけたことで、“ひとつの家族”になった気がした。
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