優しい手①~戦国:石田三成~【完】
小1時間ほど女中たちに好き勝手されて、自分がどんな感じになっているのかも全くわからないまま、女中が隣の部屋に集っている謙信たちに声をかけた。


「謙信様、整いましてございます」


「うん、もう戻っていいよ、ありがとう」


――三成としては謙信には毒舌どころか罵倒してやりたい気持ちでいっぱいだったが、なにぶん景勝や景虎も桃の艶姿見たさにまた現れてしまい、思うように身動きが取れない。


「楽しみだなあ、姫、開けるよ」


「あ、はいっ」


桃が返事を返して皆が腰を上げた時――


「謙信」


廊下側の襖がすらりと開き、そこには謙信とうりふたつの美貌に笑みをたたえた女子が立っていた。


「姉上、明日お会いしに行こうと思っていたんですよ」


俄かに謙信が嬉しそうな声で、姉上…仙桃院の手を取り、笑った。


仙桃院は、皆がそわそわしながら続き部屋の襖を見つめているので、恭しく膝を折った面々に口元を隠しながら微笑んだ。


「この不肖の弟がわざわざ尾張まで迎えに行ったという姫君、まずはわたくしが拝顔させて頂いてもよろしいかしら?」


「母上」


仙桃院の息子である景勝の顔に、珍しくも羨ましげな色が浮かんでいることに驚きつつも、まだ事情はよく知らなかったが…

尾張からついて来た、最も天下人に近いと言われる豊臣秀吉の参謀にして右腕の三成に一度ちらりと視線を遣ると、謙信を振り返った。


「どうぞ。姉上も驚く美しさですよ」


「まあ、この子ったら…女子をそんなに褒めるのをはじめて聞きましたよ」


「私の大切な人です」


…その言葉にも突っ込みを入れたかったが、敵の陣の真っただ中に居るような三成は、状況を踏まえる点でも黙り込んだ。


――一方、こちらが返事をしたのに、謙信の部屋からはひそひそと声が聴こえて部屋に入ってくる気配がなく、疲れた桃はちょこんとその場に座り込んでいると…


「まあ…これは可愛らしい姫君。謙信、あなたの目に狂いはありませんでしたね」


「ええ、毘沙門天が私に遣わして下さった天女です」


緋色の打掛に、白い蝶が舞う――

小国が傾くほどの高価な打掛を纏った桃は、何より美しかった。
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