優しい手①~戦国:石田三成~【完】
三成の手は、相変わらず優しい。


大きくあたたかく、優しい手に引かれながら、桃のにまにま笑いは留まるところを知らなかった。


それにはそれぞれが複雑な思いを抱えていたが、桃が誰より三成に懐いていることは明白で疑う余地がない。


「そういえば越後のお米って美味しいんだよね?」


「もちろんだよ、姫に酒を飲ますと大変なことになるから、ちゃんと準備してあるからね。あと薬師に言われた通りに色の強い野菜とか」


――このところずっと声だけでしか人物を判断することができないが、だからこそ、その人物がどんな表情で抑揚で話しているのかがわかるようになっていた。

今の謙信がとても気遣ってくれながらも酒が飲めることを楽しみにしているのがわかり、こんなに長時間三成と触れ合える喜びのせいもあってか、桃の声もはしゃいでいた。


「越後のお米は私の世界でも有名だもん。楽しみだなー、早く目が見えるようになりたいなあ」


そうでないと、両親を率先して捜すことができない。

それと…謙信から何をされるか気が気ではなく、つい三成を求めてしまう。


「傍に居てくれるんだよね?呼んだらすぐ来てくれるんだよね?」


「ああ、すぐ近くに居る。目を離さぬ故安心しろ」


「うん!」


――二人のやりとりを共に歩きながら見ていた仙桃院が、謙信にひそりと声をかけた。


「謙信…?あの二人は…」


「恋仲、とも言えますね。桃姫が私の元に召されていたならば、私の隣に居るはずだったのです。ああ、これも天命なのか…」


軍神上杉謙信。

誰もが認めるところであり、「毘」の旗印を見た途端逃げ出す敵兵も居るほどだ。

しかし天下統一に興味もなく、出家してこの世を捨てようとした謙信を思いとどまらせた女子が、桃。


…だがその桃は…やわらかく微笑む三成を全幅の信頼で見上げながら、笑っていた。


「…そうですか…。勝ち目は、あるのですか?」


姉の心配する声に、謙信は少し首を傾けながらも、頷いた。


「勝機はありますが、何が起きるのかわからないのが戦ですよ」


はしゃぐ桃に目元を緩ませる弟は、この世の全てを捨てようとしていたかつての弟ではなかった。
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