優しい手①~戦国:石田三成~【完】
意を決して兼続が襖を開くと正面にはすでに膳が並べられており、そして、謙信と桃が両隣に座って談笑していた。


…笑っていた。


「殿、本日も麗しいお顔をご拝顔できて嬉しゅうございますぞ!」


「朝から暑苦しいなあ兼続は。私も桃もお腹を空かせてて待ちきれなかったからもう食べちゃってるよ」


その証拠に、桃の頬には米粒がついている。

時々的を外しては三成が米粒を取ってやっていたのだが…


その役目は、謙信に奪われていた。


それに…


「今…“桃”と…?」


思わず三成がそう呟いた時、一瞬桃の箸が止まったが…また動き始めた。


「うん、そう呼んでも別にいいよね?私と桃は昨晩とっても仲良しになったから、他人行儀に呼ぶのはやめようかと思ってね」


「…!」


幸村が…政宗が…

兼続が…三成が…

そして遅れてやって来た景虎と景勝の目が、桃の身体を撫でた。


目につく場所には、謙信が桃を愛した証は無い。


「とっても仲良しに…と申しますと?」


「秘密。ほらみんな、桃ばかり見ていないで食べなさい」


…三成は箸に手もつけず、謙信と目を合せた。

ふっと笑った謙信の柔和な顔は自信に満ちていて、なおかつ何も読めない。


大口を開けて米を頬張ろうとしている桃の名を、半日以上ぶりに呼んだ。


「桃、俺は…」


桃の手からぽろっとお椀が落下し、転がった。


明らかに動揺して固まってしまった桃の態度はまだ全く傷が癒えていない証拠で、隣で何も言わずに茶を啜っている謙信の袖をきゅっと掴んだのを見逃さなかった。


「そうだ兼続、私と桃は少し毘沙門堂に籠もるから。どうやら桃もあそこと波長が合うらしくてね、落ち着くんだって」


「そ、そうでございますか。やはり桃姫、天女の化身にございまするな!」


腕を伸ばして器を拾ってやり、膳に戻しながら桃に湯呑を手渡すと、助け船を出してくれた謙信をまた見上げては目が合っているかもわからないのに、笑った。


――焦がれて仕方がない。

あんなにも愛の言葉を交わした桃が、謙信に抱かれたかもしれない――


今すぐ喉に刃を突き刺して死んでしまいたかった。
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