優しい手①~戦国:石田三成~【完】
謙信の留守は、景虎が引き受けた。


――もちろん桃をも引き受けたわけだが…肝心の桃は膝の上で拳を握り、ずっと黙って座っている。


それは夕刻まで続き、見兼ねた景虎が正座して動かない桃の手を握り、励ました。


「父上たちはすぐに戻って来ます。父上は最強の武将ですよ、心配ありません」


「…景虎さんはどうして行かないの?」


「…武田家と北条家は…姻戚関係です。俺が手ごまにされかねませんし、武田との戦には俺は出向くことはできません」


誰もが息を呑む景虎のきりりと整った美貌に陰影が差した。

少し伸びた髪を無造作に束ね、肩に流れてくる髪を指先で背中側に跳ねのけると、はっと息を呑んだ桃が深々と頭を下げてきた。


「気を悪くするようなこと言っちゃって…ごめんなさい」


「俺はもう上杉の者。父は上杉謙信。そして母は、あなたです」


――眩しいくらいに慕ってくれている。

最初は仲良くなれるか心配だったが、それは杞憂に終わった。


だが桃の中では、謙信と三成に武田信玄の軍扇の一撃が振り下ろされる嫌なイメージしかなく、その逸る気持ちはとうとうピークに達して、すくっと立ち上がり、景虎の腰を浮かせた。


「桃姫?」


「私…行きます」


「え?何処へ?」


「私…川中島に行きます!これから、すぐ!」


そして手探りで襖を開けると手探りで歩き出し、すぐに追いついた景虎が手を取って立ち止まらせると、謙信から桃を預かった立場として何としても引き止めなければならず、つい声を張り上げた。


「なりませぬ!父上たちは武田との最後の合戦に出たのです!あなたが居ては…邪魔になる!」


「景虎さん、お願い、近くに行くだけでいいの。私を…私を連れて行って!」


唇を噛み締め、腕の痕がつくほどに強く握りしめてきた桃の必死の形相に、景虎の心も揺れる。


女子にこんな風に想われたい。


桃姫に、こんな風に想われたい――


「…」


「お願い!」


「……今日はもう闇が深い。明日発ちましょう。その代り、近くまでです。無茶は絶対にしないでください」


「ありがとう!ありがとう景虎さん!」


とうとう、折れた。
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