優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「…妙な動きをしているね」


早朝から海津城から煙が上がり、戦闘態勢が整えられていることが見受けられ、謙信は決断をした。


――陣幕の中で早々に籠手や脛当てを身に着け、脇に控えていた兼続に命を出した。


「こちらも兵に食事を。後、一部を残して山を下りる。出撃だ」


「はっ!とうとう虎の首を狩る時が来ましたな!」


意気揚々と兼続が陣幕を飛び出して行き、折りたたみ可能な椅子に座ると静かに目を閉じた。


――何かが内でざわめいている。

共に在る毘沙門天が何かを告げようとしているかのように謙信の中で揺れ動き、それはこの時代へと来た桃を示唆した時と同じような感覚で…


魂が拍動していた。


「どうした…何が起きる?」


敗ける気は全くしない。

病に押し負けて、それでも身体を引きずりながら川中島へとやって来た信玄に引導を渡すために、ここにやって来た。


何か気が急いて、どこか遠くから何かが近付いている気がして、

熱い塊を感じる北の方角へ目を遣ると立ち上がり、崖からずっと海津城を監視している三成の隣へ立った。


「もう少ししたら出撃する。君はどうする?」


――横の謙信は…静かな瞳をしていた。

だが、微笑は消えていた。


軍神上杉謙信の武将としての顔――戦においても明るい秀吉にはない、静謐に満ちた謙信の佇まい。


「…俺も行く。ただし上杉のためではない、俺の命の為だ」


「うん、それでいいよ。兼続と幸村の傍に居てね。でも幸村は…行ってしまうかな」


“お館様”と呼んで慕い続けた山のような男、武田信玄に刃を向けることは絶対にできないだろう。

だが…飛び出して行ってしまったら、引き留めない。


そう決めていた。


「ねえ三成…君は感じないかい?」


「…何をだ?」


横に立つ三成の怜悧な横顔には疑問の色しか浮かんでいない。

…感じて、いないのだろうか。

この熱を。


「…いや、いいんだ。私の勘違いかもしれないから。さ、一緒に朝餉を摂ろう」


「龍が虎に牙を剥くか。世紀の対決、この目で拝見させて頂く」


――桃

今頃、俺を想って、祈ってくれているだろうか?
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