優しい手①~戦国:石田三成~【完】
その時幸村は秘密裏に山を下りていた。


「幸村…誰にも見つからなかっただろうな?」


「高坂殿…」


四十代前後の、鎧も着ず、農民の装いで幸村を訪ねてきたこの男は武田信玄の重臣だった。


「上杉はよくしてくれているようだな」


「お館様は…御身体はよろしいのですか!?こんな所にまで…」


誰にも気づかれぬよう、山中の奥深くで身を潜めて声を潜め、近況を伝え合った。


「お身体は…よろしくない。だからこそ、ここへやって来たのだ。幸村よ、我らは覚悟の末だ。お館様と運命を共にする所存ぞ」


敬愛して止まない武田信玄。

虎の牙は未だ老いておらず、天に舞う龍を叩き落とそうとして一撃を振るいにやって来た。


「高坂殿…俺はどうすればいいのですか?お館様も…殿も裏切れませぬ。俺は…槍を持てない」


「お館様はそなたに会うのを楽しみにしているぞ。もうそなたは我ら武田の手を離れたのだ。存分に向かって来い」


――労うように肩を叩いてくれたが…幸村は迷いを捨てきれない。


ぎゅっと拳を作ると、高坂は目じりに皺を寄せて笑いながら手拭いを被り、幸村に手を振った。


「迷うな。お館様のお姿を拝見できるのは今日が最期だ。待っているぞ」


「こ、高坂殿…!」


野菜などを乗せた押し車を引き、農民に変装した高坂が去って行く。


姿が見えなくなるまで見送り、脚をひきずる思いで山頂に上がると、


白頭巾、白の法衣姿――


戦に出る時のいつもの服装、いつもの表情で、謙信は立っていた。


「殿…」


「どこで道草していたのかな?まあいいけど」


密会していたことを見抜いていたかのような口調で冷や汗が流れたが…謙信は何も咎めず、愛馬の鬣を撫でてやっている。


――この法衣が血で染まったことはない。


返り血すら浴びず、謙信はいつも越後へと凱旋する。


「拙者は…お館様にお会いしたいです」


「うん」


「殿とお館様の一騎打ち、その場を必ずや拙者がお作りいたします。どうかお館様の最期の願いを…叶えてやってくださいませ」


「…うん。さあ幸村、行こうか」


肩を抱いてくれた。
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