優しい手①~戦国:石田三成~【完】
倒れた信玄に駆け寄った幸村を両軍引き留めはしなかった。


両軍共に、幸村が葛藤に苛まれているのを深く理解していたからだ。


「お館様!」


「ゆき、むら…。すまんかったなあ、儂が、不甲斐ないばかりに…」


――愛すべき親父殿――

豪快で、“甲斐の宝だ”と褒めてくれて、常に傍で戦わせてくれた武田信玄の胸には大きな切り傷が刻まれていた。


「お館様、お気を確かに!!」


「儂は…病では死なぬ…。死ぬならば、あ奴の手にかかって死にたかったからのう…。ふふ、夢が叶ったという、ものよ」


静かに歩み寄ってきた謙信の瞳を見た信玄は、口から血の泡を吐きながらも、苦笑した。


「なんだ、その顔は…。越後の龍よ…儂の…儂の甲斐を頼んだぞ…。織田などにはやらぬ。託すなら、そなたに…」


「…わかってるよ。私は甲斐を攻めたりしない。上杉の領地にもしない。生き残った君の家臣たちに引き継がせて頑張ってもらうからね」


謙信の手は、先程駆けてきた不思議な格好をした女子の手を握っていた。


その女子は…


桃は、死にゆく甲斐の虎の最期を震えながら見つめていて、歴史をまた狂わせてしまったことに強い罪を抱いていた。


「女子がそのような顔をするものではない。着飾って、城で待っておればいいものを…」


「桃はそんなか弱い姫君じゃないんだ。でも…君に見せることができてよかった。私の大切な人だからね」


三成は口を挟めなかった。


桃がここまで駆けてきた理由を聞いていなかったし、


それが自分のためなのか、謙信のためなのか…決めかねていたからだ。


「お館様、逝かないで下さい!」


「幸村…儂の最期はなんとも幸せなものになった…。生涯の好敵手と戦えたからな。謙信…」


片膝をついて、信玄の顔を覗き込んだ。


その目は死を受け入れていて、最期の最期まで、甲斐の虎は笑っていた。



「そなたからの塩、美味かったぞ…。謙信、幸村を頼んだ。甲斐を、頼んだ、ぞ…………」


「お館様…、お館様ぁーーー!」



もう、動かない。


信玄を抱きしめた幸村はいつまでも慟哭し、戦場には彼の叫び声がいつまでも響いていた。
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