優しい手①~戦国:石田三成~【完】
謙信が出陣している――


その報は、徳川の小隊を率いて挑発しに来た隊長の度肝を冷やした。


「そんな…!たった500の兵しか率いていないのに、謙信が!?」


「僧服姿に女子と見紛う美貌…間違いございません!あれは上杉謙信でございます!」


――あっという間に体制が乱れる。

前から突き進んでくるま白き閃光は…あの軍神、上杉謙信。


向かっていく兵を馬上からあっさりと斬り捨てながらものすごい速さで向かってくる。


「撤退!撤退だ!」


…実際その姿を見れただけでも価値があった。


軍神と呼ばれる所以…

敵兵からも尊敬され、崇められる所以…その姿を見れば、納得できる。


――木の葉を散らすように逃げてゆく兵を上杉の軍は追ったりしない。

謙信が無駄な殺生を好まないことを、越後の兵はよく知っている。


「あれ、逃げられたね。まあいっか。ちょっと早く片がついちゃったからどうしよっか」


「殿っ、桃姫が…」


一息ついた時…

遠く彼方から4騎の馬…いや、真ん中のあの姿…桃だ。


私が選ばれたのか?


最初はそう思って喜んだが…近付いて来る桃の表情を見て、謙信は肩で息をついた。


一瞬で、桃の決断を見抜いた。


「謙信さん…!いきなり居なくなって、心配したよ」


「ごめん、突然のことだったから」


平静を装って馬を翻して桃に馬を寄せると、ふっと小さく笑った。


「行っておいで。私は大丈夫だから」


「…謙信さん…?もう、知って…」


「うん。もう…引き留めないから行っておいで」


――完全に見放された。

強くそう感じて、桃が唇を噛み締めて悲しみに耐える。


帰る決断をしたのは自分。

だからこんな想いを抱くのはおかしいのに――


「私…私…っ」


「私のことは気にしなくていいよ。みんなには“桃に飽きたからやっぱり正室は取らない”って言っておくから。意外と気まぐれで有名なんだよ。だから大丈夫」


優しさが滲み出ていた。

沈痛な面持ちの景勝、景虎、兼続を率いて桃から離れ、一路城を目指す。


「謙信さん…!」


胸が張り裂ける。
< 476 / 671 >

この作品をシェア

pagetop